第24話
「短い間でしたが、大変お世話になりました」
芹亜ちゃんはぺこりと頭を下げて真っ黒で長いリムジンに乗っていく。これにはさすがのひかりちゃんと栞ちゃんも驚いていた。一口にお金持ちといっても程度の差はあるようで、二人の反応を見るに深山家のそれはレベルが違うものらしい。
「また遊びにおいでよ、芹亜ちゃん」
「私たちももっと芹亜ちゃんと遊びたかったし」
「はい!ぜひ!」
ひかりちゃんと栞ちゃんは私より幾分早く落ち着きを取り戻したようで、芹亜ちゃんとの別れに集中できている。
「せりちゃん。来月また会いに帰るからね。電話もする」
「はい!」
芹亜ちゃんは車の窓を大きく開けて、澄河さんとの別れを惜しむ様子は見せず明るく振舞っていたが、声は少し上ずっていて、少し突っつけば泣き出してしまいそうだ。
「お義姉様やご友人のみなさんも、ぜひ遊びに来てくださいませね!」
「うん。そのうち遊びに行くよ」
「絶対ですよ!」
芹亜ちゃんがそう言ってまた頭を下げると、リムジンは走り去っていった。リムジンのリアガラスから芹亜ちゃんが手を振っていたけど、リムジンは角を曲がって見えなくなってしまった。澄河さんはリムジンのエンジン音すら聞こえなくなってからようやく手を下ろした。そしてしばらく、車の走り去っていった方角を見つめてから、やっとこちらに振り向いた。
「それじゃ、行きましょっか」
澄河さんの目は少し赤い。仲のいい姉妹だ。割合頻繁に会っているとはいえやはり寂しいんだろう。ここは私が一肌脱いであげましょうか。私は澄河さんのそばに寄って少し背伸びしてから、澄河さんの頭を撫でてやる。
「がんばったね、澄河。泣いちゃっても良かったのに」
「こ、子ども扱いしないでよ」
「さっきのお返し」
いつの間にやら、ひかりちゃんと栞ちゃんは澄河さんに後ろから抱きしめてやっていた。
「ふ、ふたりとも!は、恥ずかしいです……」
「なぁに言ってんの、ふだん和宮ちゃんに似たようなことしてるくせに」
「えっ!?」
驚くべきことに自覚がないらしく、澄河さんは栞ちゃんの指摘に動揺している。
「私たちだって深山ちゃんのこと大好きだもんねぇ」
「そういうこと。大人しく甘やかされなさい」
「でも、深山ちゃんのこと下の名前で呼べないのはやっぱり寂しいなぁ」
「『すみか』二人もいるしね。ひかり、あとで何か良い呼び方考えましょう」
「そうだねぇ。私達の仲だもんねぇ」
「あの、そろそろ離れてくれると……」
「やだ」
ひかりちゃんは調子に乗っている。それじゃあ私も悪乗りさせてもらおう。私は正面から澄河さんに抱きついてやった。
「す、すみか……!」
「きゃー、和宮ちゃんったらだいたーん」
栞ちゃんが柄にもなく私を茶化す。見上げる澄河さんの顔はみるみる赤くなっていき、私たちを振りほどく。
「も、もう!か、帰りますよ!!」
茹でダコのように顔を真っ赤っかにして、逃げるように寮に帰って行った。
☆☆☆
「もー。いい加減機嫌直してよぉ」
「知りません!」
ちょっとからかいすぎたらしい。澄河さんは顔をぷっくり膨らませながら、私たちと夕食を共にしている。
「ね、謝るから許してよ、深山ちゃん」
「知りません」
ひかりちゃんと栞ちゃんはニコニコしながら澄河さんの機嫌を取ろうとする。
「そうだ。あだ名考えといたんだよ、二人分。かわいいやつ」
「そうそう。いつまでも苗字じゃねぇ。ちゃん付けにしてもよそよそしい感じするし」
「……いちおう、聞いてあげます」
「えっとね。まず和宮すみかさん」
「は、はい」
「あなたは、名前の最初と最後をとって、わかちゃんと命名します」
「わかちゃん……」
「続いて、深山澄河さん」
「はあ……」
「あなたも名前の最初と最後をとって、みかちゃんと命名します」
「……」
「……どう?」
401組は期待の籠った目で私たちを見る。私たちすみかはお互いに目を見合せて、おそらく同じ結論に達したことを理解しあった。
「却下」
「私も却下」
「えー?」
「安直すぎです。ミカちゃんもワカちゃんもクラスにいるし、根本的な解決になってないです」
私は他のクラスメイトのことはあんまりまだ覚えられていないが、澄河さんがそう言っているので間違いないはずだ。
「わかちゃんは?」
「若、って呼ばれてるみたいでやだ。時代劇か任侠映画みたい」
「そうなの?」
「そうなの。若はだいたい悪者かアホの子なんだもん」
これに関しては私の偏見だけど、同じイメージを共有する人はそう少なくないと思う。
「もっとかわいいの、考えてきてください。以上です」
「栞ちゃん。どうする?」
「……いったん、今まで通りに呼ぼっか」
二人の結論は先延ばしになるらしい。
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