第22話

 ひかりちゃんと栞ちゃんは例のごとく部活で忙しいそうだ。金鳳花は生徒数が少ないから新入生であってもレギュラーになるチャンスがあるらしい。ひかりちゃんは生来の運動神経で期待されているし、栞ちゃんのよく通る声は舞台映えするだろう。


(将来はなでしこジャパンとオスカー女優かもね……)


 さすがにそれはないか、と思い直して少しニヤニヤしてしまうと、向かいの席に座る澄河さんに気付かれてしまった。


「どうかしたの、すみか?」


「ああ、ううん。大したことじゃないよ」


「そう?」


「うん。ひかりちゃんも栞ちゃんも頑張ってるなあって」


「部活、朝早いもんね。平日も遅くまでいることもあるし、大変そう」


「私には無理だなぁ。芹亜ちゃんは、入ったみたい部活とかある?」


 芹亜ちゃんは一生懸命パンを食べていた。パンを一旦ちぎって食べる一応は礼儀のなった食べ方だが、食べるスピードが速いせいか小動物を見ているような印象を受ける。芹亜ちゃんはこちらをちらりと見ると、パンを平らげてから話し始めた。


「私、やっぱりトランプが好きです。そういう部活があるなら入ってみたいです」


「そしたら、アナログゲーム部とか?金鳳花にはないけど」


「じゃあ、諦めます」


「決断が早いなぁ……」


「私も金鳳花に入ります。お姉様と一緒がいいです」


「かわいいこと言うなぁ、せりちゃん」


 澄河さんはそう言って芹亜ちゃんに抱きついたかと思うと、犬や猫を相手にするように撫で回す。芹亜ちゃんも芹亜ちゃんでそれを嫌がるでもなく、むしろ自分から顔を澄河さんに擦り付けに行ってる。


「仲良いね、やっぱり」


「お義姉様はごきょうだいはいらっしゃらないんですか?」


「いないよ。一人っ子」


 私はコーヒーをすすりながらそう答えた。今まできょうだいが欲しいと思ったことはないけど、こうも見せつけられると少し欲しくなってくるが、今となってはないものねだりだ。こんなことのために両親をハッスルさせる訳には行かない。


「そうなんですか……」


 どういうわけか、芹亜ちゃんは寂しそうな顔をする。


「せりちゃん、友達が欲しかったんだよね。すみかにもし妹がいたら、仲良くなれるかもって」


「お、お姉様!」


 芹亜ちゃんは顔を赤くしている。


「それは、なんかごめんね。でもほら、私もそうだし、ひかりちゃんも栞ちゃんも、芹亜ちゃんのこと友達だと思ってるよ」


「そ、そんな恐れ多いです!お姉様のご学友やお義姉様と、私なんかが友達だなんて……」


 恐れの多さだったら私だって負けてない。上級の中でも取り立てて上級な国民と毎日暮らしているのだから。入学してまだ半月ほどだが、ここまで順応している自分自身が恐ろしい。


「そんなに謙遜しなくていいよ。芹亜ちゃんだって素敵な女の子なんだからさ」


 おっ、今のちょっとかっこよかったかも。というより女たらしっぽかったな。私にはやはりジゴロの才能があるのかもしれない。


「お、お義姉様……」


「良かったね、せりちゃん」


「は、はい!」


 芹亜ちゃんはあからさまに嬉しそうだ。私と友達になれるのがそんなに嬉しいのか。私も悪い気はしない。


「それじゃ、今日はいっぱい遊ぼう。何かしたいことある?できれば、トランプ以外で」


「ねえ、せりちゃん。この辺りお散歩しよっか。すみかさん、あの中華屋さん、行ってみない?」


「あそこ?いいけど……」


「中華屋さんですか?私、北京ダック大好きです!」


 ガキんちょのくせに舌が肥えてやがる。


「残念だけど北京ダックはないんだ。でも、ビックリするほど安くて美味しいの」


 安いは安いけどビックリはしないぞ。普段メシにいくらかけてるんだろう。


「それにね。実は天野先輩にとってもいいところがあるって教えてもらったの」


 天野先輩?ああ、あのカップルの比較的まともな方。


「どんなところなんですか?」


「行ってみてのお楽しみ。ねえせりちゃん、お迎えは何時?」


「えっと、午後5時です」


「じゃあ、まだ時間はたっぷりあるね」


 ☆☆☆


 一度部屋に戻り、学校指定のジャージに着替える。澄河さんが言うには運動に適した服装がいいらしい。さすがお嬢様学校、ジャージなのになんというか芋っぽさがない。かっこいいというかスタイリッシュというか、刺繍と光沢がないスカジャンみたいだ。私が持ってるどんな服よりも上等に見えるし、着心地もいい。特待生でもなければ一生着ることのなかったであろう質感だ。

 私たちはみんな女の子なのでわざわざ部屋を別にしたりはしないが、なんだか澄河さんのいる方は見にくい。悪いことをしている気分になるし、スタイルまでも澄河さんに負けている現実も直視したくない。


「すみかも着替え終わったみたい。それじゃ、行きましょうか」


 その声が聞こえて初めて私は振り向いた。

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