第21話

 寝にくい。真横にちっちゃい子がいる。そりゃまあ私だってそこそこ小さいが、小学生の女の子ほどじゃない。うっかり寝返りを打とうもんならケガをさせちまうかもしれないし、ややもすると余計な疑いを生んでしまう。どんな疑いかって?どんなことでも疑うお姉ちゃんがふたつ隣にいるのさ。

 ちなみに、当の芹亜ちゃんはぐっすりとお休み中だ。静かな寝息が時計のチクタク音と絶妙なハーモニーを奏で、微妙に私の眠りを妨げる。こういうのは一度気になると終わりだ。徹夜を覚悟したまま、私は掛け布団を口の辺りまで被った。


「すみか。まだ起きてる?」


 その矢先、澄河さんは小さな声で私に声をかけてきた。


「う、うん。どうかした?」


「たいしたことじゃないんだけど。ありがとうね、せりちゃんに付き合ってくれて」


「ああ、いいの、全然」


「せりちゃん、随分寂しそうにしてたし、すみかが私をとったみたいに思ってるんじゃないかって心配してたんだけど、仲良くなれたみたいで良かった」


 前半はおそらく懸念の通りだ。そして仲良くなれたのは、芹亜ちゃんとの勝負の間、勝利の女神が歯茎を剥き出しにして満開スマイルを見せてくれていたからだ。


「芹亜ちゃん、お姉ちゃんのこと大好きなんだね」


「そうかも。私って、私が思っている以上にいい姉なのかも」


「そうだと思うよ。芹亜ちゃんが羨ましいもんね、私としては」


「……お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」


 冗談だよな。面白い冗談だ。乗ってみよう。


「……えーっと、お姉ちゃん?」


 ちょっと勇気がいったぞ。数秒、変に涼し気な沈黙が流れる。


「……やっぱり、さっきのナシ」


「そうだね。なかったことにしよう」


 なんというか、ブルっときた。私自身言ってて違和感が凄かった。


「変なこと言ってごめんね。じゃあ、おやすみ、すみか」


「うん。おやすみ」


 私は仰向けのまま、目を閉じて睡魔を待つ。来てもらわなくては困る。さっき澄河さんが言った冗談に端を発したやり取りが、私の中で消化しきれていないのだ。この妙な心のざわめきを眠らせるには、もはや私自身が眠る他ないのだ。だがしかしこんな夜に限って、芹亜ちゃんの寝息も時計の音も、私自身の心臓の音や呼吸音、果ては目の位置舌の位置までも気になってくる。

 そのうち、澄河さんの寝息も聞こえてくる。今まで意識したことはなかったけど、こう聞くと芹亜ちゃんの寝息と似ているような気がする。これが血筋なのかたまたまなのか、あるいは全人類同じようなものなのか、私には分からないし興味もないけど、ふたつの寝息が重なると、なんだか妙に心地いい音に聞こえる気がした。


 ☆☆☆


 起き上がると、姉妹は抱き合って仲良く眠っていた。きっと澄河さんがここに来る前は、いつもこんな調子で寝ていたんだろう。芹亜ちゃんはもしかしたら物心ついてからついこの間まで、こんなふうに姉のそばで寝ていたのかもしれない。そりゃあ寂しいだろうし心細いだろうなと思うけれども、それについて私ができることはひとつもない。


「うーん……」


「おはよう、澄河。よく眠れた?」


「そうだね。……ほら、せりちゃん。朝だよ」


 澄河さんは芹亜ちゃんの髪を優しく撫でる。


「もうちょっとぉ……」


 芹亜ちゃんはそんな澄河さんに抱きついて離れない。


「起きてる間はしっかりしてるのに、こうなったら甘えんぼなんだから。仕方ないなぁ……」


 そう言うと、澄河さんは布団に潜り込み、芹亜ちゃんをくすぐり始めた。


「起きない子はこうだぞぉ〜!」


「きゃははっ!や、やめてください!お、起きますからぁっ!!」


 さすが妹の扱いには慣れてるらしい。


「今日帰っちゃうんでしょ?いつまでも寝てたらもったいないよ。私、せりちゃんともっと遊びたいんだから」


「お、お姉様がそう言うなら。私、なんだってします!」


「あはは。大げさだよ、せりちゃん」


 いーや、この子は何でもするね。


「とりあえず、朝ごはんでも食べに行こう。すみかも一緒に」


「ああ、うん」


「あっ、お義姉様!おはようございます!」


「う、うん、おはよう」


 この子の中で私は一体どういう扱いなのだろうか。兄嫁……いや、姉嫁?になるのかしら。私は今のところ婚姻届に判を押すつもりはないし、エンゲージリングに指を通すつもりもない。悔しかったら私を惚れさせてみなさいよ。もちろん、そんなことはあとが怖すぎるので言わないが。

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