第20話
「終わった?」
ひかりちゃんから飛び出したのはなんとも遠慮のない言葉だった。栞ちゃんに至ってはいまだ本を読んでる。気持ちは分かる。逆の立場なら私だってそうする。友達の妹らしいちっちゃい子が自分たちを無視して姉貴のルームメイトに喧嘩を売ったかと思えばコロッと態度を変えてお義姉様呼ばわりし始めたのだ。
「ええ、大変お待たせいたしました。お義姉様はお返しいたしますわ」
「ありがとうね、芹亜ちゃん」
私の所在は右から左へと流され、ひかりちゃんはめっきり本に夢中の栞ちゃんに呼びかける。
「栞ちゃぁん。終わったよぉ」
「……?あ、ごめん。集中しちゃってた」
なんか申し訳ないな。
「じゃ、お茶にしよっか。芹亜ちゃんと和宮ちゃんがバトルしてる間にコンビニで買ってきたんだ」
そういえばババ抜きしてる間、数分ふたりの姿が見えなかった。てっきり愛想をつかされたのだとばかり思っていた。
「わ、私も良いのですか?」
「そりゃ、まあ。そのために買ってきたんだし」
「お姉さまは本当に優しいご学友に恵まれているのですね……!私、心底嬉しいです」
あの子らとはバトらなくていいの?それなら私もお菓子でも買ってくりゃよかった。あんな気を使うトランプは生まれて初めてだった。
☆☆☆
「そっかぁ。芹亜ちゃんは5年生なんだねぇ」
ひかりちゃんはせんべいをかじりながらそう言った。
「はい。今は中学受験に向けて勉強しています」
芹亜ちゃんは澄河さんと並んで正座をしながら緑茶をすすっている。座布団が敷いてあるとはいえ、よくもまあ平気なもんだ。私なら一分もつかどうか。
「そっか。勉強、やっぱり大変?」
栞ちゃんが優しい口調でそう尋ねた。
「は、はい。私、算数がちょっぴり苦手で」
そうだった、そうだった。小学生はまだ数学じゃないんだ。正直何が変わったのか今でもさっぱりだけど、建前とはきっとこういうものだ。
「じゃあ、今日は勉強のことは忘れていっぱい遊ぼっか。お姉ちゃんもいるしね」
栞ちゃんは子供の相手が上手らしい。私が懐かせるのに3時間かかった芹亜ちゃんがもう目をキラキラさせている。
「そうそう。芹亜ちゃんは、何かやりたいことある?」
ひかりちゃんも栞ちゃんに同調する。
「わ、私、みなさんと大富豪したいです!」
またトランプか。
「トランプ好きだもんね、せりちゃん」
「はい!」
お姉ちゃんが言うなら仕方ない。付き合ってあげましょうか。
☆☆☆
それから、芹亜ちゃんとの熱戦で全ての運を出し尽くした私は、先程の連勝がウソのようにボロ負けした。それに対して、芹亜ちゃんは先程の失態を取り戻すかのように連戦連勝を重ねた。もしかしたらみんなが手加減をしてあげていたのかもしれない。一応補足をしておくと、私はしてない。ただただ惨敗した。
「優勝は芹亜ちゃんだね」
「私、嬉しいです!」
芹亜ちゃんはやたらと嬉しそうだ。こう見ると年相応の女の子だ。かわいらしいじゃない。妙に思い込みが激しいのはきっと姉譲りなのだろう。
「ねぇ、芹亜ちゃん。優勝したんだし、最下位の和宮ちゃんになにかお願いしてみたら?」
ナニぃ!?
「い、いいんですか?」
リアルな大富豪が相対的にリアルな大貧民になにを要求しようと言うのか。
「じゃあ、あの、ひとつお願いしてもいいでしょうか、お義姉様」
「は、はい、なんでしょう」
そのお義姉様ってのやめてくんないかなあ。芹亜ちゃんが「お義姉様」って言う度、澄河さんが妙に嬉しそうな顔してくるんだ。
☆☆☆
「それではおやすみなさい、おねえさま方!」
「ええ、おやすみ、せりちゃん」
「……おやすみなさい」
芹亜ちゃんの要求は至ってシンプルだった。
「お姉様とお義姉様と、3人で川の字になって寝たい」とのことで、預金通帳に手をつける心配こそなくなったものの、これまた厄介なことになったような気がする。私たちはわざわざ布団を部屋の真ん中に敷いて、芹亜ちゃんを挟んで寝ることになってしまった。
もちろん抵抗はした。
当時の様子をご覧に入れよう。
「す、澄河さん?芹亜ちゃん、こうおっしゃってますけど……」
「ええ、私は全く構いませんよ」
「そ、そうはいっても。ほら、姉妹水入らずで、なんて」
「お義姉様はお優しいのですね。でもお気遣いは無用です。お義姉様はお姉様の大切な方。私にとっては実のお姉様も同じことです」
「おねえさま」は当然音でしか聞こえていないので、この複数の「おねえさま」の意味合いはある程度推測するほかないが、おおよそそんな感じのことを言っていた。
「それとも、私と一緒に寝るのは、イヤでしょうか……」
芹亜ちゃんは俯いて涙声でそう言っだ。
「そ、そんなことないよ。でも、ねぇ」
私はわけも分からずひかりちゃんと栞ちゃんに助けを求める。
「いいんじゃない?芹亜ちゃんがそうしたいって言ってるんだもんねぇ」
「私もそう思う」
こうして今、こんな状況になってしまった。
以上、回想終わり。
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