第19話

「姉がお世話になっております。深山芹亜と申します」


「こ、これはご丁寧に。和宮すみかと申します」


 私も思わず頭を下げる。澄河さんの妹は、思いの外しっかりした子だった。10歳だと言うのに動きがキビキビしているというか、とてもお姉ちゃん恋しさに家出するような軟弱な子には見えない。この様子だと私の方が軟弱者と罵られかねない。


「それでせりちゃん、何して遊ぼっか」


「そうですね。まず、トランプなんていかがでしょう、和宮さん」


「わ、私?」


「ええ。私は今日、あなたに会いに来たんです」


 ☆☆☆


「え、なに、この状況?」


「さあ……」


 202号室、私と澄河さんの部屋。お菓子を買い込んできたひかりちゃんと栞ちゃんは、なんとも剣呑な雰囲気に戸惑っているらしかった。

 なんせ10歳の女の子が数枚のカード越しに私を睨みつけていらっしゃる。心配事の九割は杞憂に過ぎないらしいが、どうも私は一割を引き当てたらしい。私は本当ににっくきお姉様を奪った恋敵になっちまったらしい。


「カードを二枚交換します、お姉様」


「はい、どうぞ」


 今行っているのは簡易版のポーカーだ。お互い手札が五枚ずつ、チップのやり取りはなし、カードの強さのみで勝敗を決め、カードの交換は最大五枚を一回のみ。このシンプルなルールで三勝した方が勝ち。イカサマ防止のため、ディーラーは澄河さんが務める。楽しく大富豪でもしに来たつもりの201組が妙に緊迫した雰囲気に萎縮してしまっている。


「わ、私も一枚」


 ポーカーの役はなんとなく知っているが、定石は知らないので、とりあえずそれっぽい型を残しあとは運だ。


「では両名、オープン!」


 その掛け声で合っているのかどうか私には知る由もないが、とりあえず澄河さんの声に合わせて場にカードを出す。


「えっと、2が二枚で、ジャックが二枚。ツーペア」


「……ワンペア。和宮さんの勝ちです」


 芹亜ちゃんはあからさまにムスッとしている。仕方ないじゃん、こんなの手加減のしようがない。だって運ゲーなんだもの。


「では第二戦。はい、どうぞ」


「三枚交換します」


 芹亜ちゃんの決断が早い。


「わ、私は二枚」


 とりあえず交換してみよう。さっさとポーカーを終わらせてもっと和やかなゲームがしたい。


「では両名、オープン!」


 これを聞くのも最大あと三回だけだ。


「……ノーペア」


「えっと、4のワンペアです」


「……和宮さんの勝ちです」


 ずいぶん低い所で争っているような気がする。


「つ、次こそ勝ちます」


「はは……」


 ちょっと涙目じゃない。次は花を持たせてやろう。


「私は全部交換します!」


「わ、私も」


 全部なんて、どうなるか分かったもんじゃないぞ。ヤケになってるじゃない。とはいえこっちもいいのが揃っちゃったので、ストレート勝ちを回避するため全交換する。卓球とかでわざと相手に一点あげるのと同じ理屈だ。


「両名オープン!!」


 澄河さんの掛け声にも気合いが入る。


「ストレートです!!」


「えっと、私もです」


「数字の大きい和宮さんの勝ちです……」


 ストレート勝ちしてしまった。


「ちょ、ちょっと和宮ちゃん、手加減とかしてあげなきゃ……」


 ひかりちゃんがこそこそと私に苦言を呈する。


「そんなこと言われても、こんな運ゲーじゃどうしようもないじゃん……」


 私がそう反論する間にも、芹亜ちゃんはわなわなと震えている。もしかして泣かせちゃったんじゃないだろうか。


「ま、まだです!今度はブラックジャックです!」


 泣いてない。怒ってる。


 ☆☆☆


 その後、次々勝負を挑んでくる芹亜ちゃんに対し、私はブラックジャックに始まり豚のしっぽ、ババ抜き、挙句の果てにジャンケンですら完勝してしまった。運ゲーでいたいけな妹さんを叩きのめしてしまい、半べその芹亜ちゃんを前にして私としては非常に気まずい思いをしているが、澄河さんはなんだかニコニコしているし、ひかりちゃんと栞ちゃんに至ってはのんきにポテチなんか食ってやがる。


「この私が、一勝たりともできなかった。なぜ、なぜこんな……」


 思った以上に深刻そうだ。


「あ、あのー、芹亜ちゃん?やっぱりほら、人間ツイてる日とそうじゃない日があるからさ、そんなに落ち込まないで……」


「わ、私を慰めてくださるんですか?」


「え?ああ、まあ、そうなるのかな」


「この私を気遣ってくださるなんて……。あなたはお姉様が言った通りの方ですね。疑っていた私が恥ずかしいです」


「へ?」


 困惑する間もなく、芹亜ちゃんは私の手を握って顔を見つめる。


「貴女こそ、私のお義姉様になるべきお方……」


 なんか漢字が違う気がする。


「せ、芹ちゃん!そ、それ以上は恥ずかしいよぉ!」


 止めるのがちょっと遅いわよ澄ちゃん。


「ふふっ。お姉様ったら慌てちゃって可愛いです」


 助けを求めてひかりちゃんと栞ちゃんの方を見る。二人ともポテチをかっ食らいながら、心配こそすれ関わりたくはないというのがよく分かる顔をしていた。

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