第18話

「ご心配おかけして申し訳ありませんでした」


 澄河さんは最初にこの部屋で会ったときより、大袈裟に三指をついて謝罪してくる。


「うむ、苦しゅうない、顔を上げい」


 なので、私はこう返した。三つ指お嬢様をふんぞり返って見下ろすのは気持ちがいい。


「は、はい」


 澄河さんは私の返答に驚いていた。恐ろしいことに、この三つ指は本気でついたものらしかった。何が恐ろしいって、この子は謝る度に三つ指をつく可能性がある、ということだ。これには私も少したじろいだ。


「え、えっと、それで夕べはどうしたの?ずいぶん慌ててたって、寮母さんが」


「あ、あのね。妹が、家出しちゃって」


「家出?」


「うん。お父様とお母様とケンカして、夜中に飛び出したんだって。それで、もしかしたら私のところに来てないか、って。それで私、慌てて帰ってね」


「で、大丈夫だったの?」


「うん。結局、お庭の森に隠れてた」


 お庭の森?


「ずいぶん大きな森なんだね」


「そうかも。私だって迷ったら出られないもん。お手伝いさんたちが総出で探して、ようやく見つかったの」


 お手伝いさんが総出になるくらいいるのか。


「でも、よく見つけたね」


「私が名前呼んだら、半べそかいてすぐ出てきてくれた。あの子、そんなに度胸ある子じゃないから、家の敷地内からはでてないって分かってたから」


 家の敷地。ちなみにうちは40平米くらいだと思う。


「私もお説教のひとつでもしてやろうと思ってたんだけど、泣いてるのみたらちょっとかわいそうになっちゃって。結局、一緒にお昼食べてから帰ってきた」


「まあ、無事で何よりだったね。たまに遊びに行ってあげたら?」


「うん。それでね、妹もこっち呼んでいいかな?」


「いいんじゃない?いや、どうなのかな。私はともかく寮母さん怒んないかな」


「一週間前までに申請すればいいんだって。それで、相談なんだけど……」


「うん、呼んでいいよ」


「ありがとう。妹も喜ぶと思う。あの子、すみかに会いたいって」


「私に?」


「うん。すみかのこと話したら」


 澄河さんのことだから、たぶん過剰に褒めてくれたことだろう。なんちゃらは盲目、やれ素敵だ優しいだ美人で賢いだ、そんなふうに言ったはずだ。妹さん私に出くわしてガッカリするんじゃないかしら。なんせ私は自他ともに認める俗物のちんちくりんだ。


「それで、妹さんはいつ?」


「来週の土曜。すみかさえ良ければ、泊まらせてもいい?」


「うん。たまには姉妹水入らずでさ、私は201にでも泊まらせてもらおっかな」


「そんな、悪いよ」


「いいのいいの、気を使わないでさ。妹さんも知らない人がいると寝られないかもだし」


「優しいね、すみか」


「でしょ?」


 褒め言葉は素直に受け取るものだ。


「それより、お腹すかない?」


「う、うん。すいてるかも」


「じゃ、食堂行こう、澄河」


 ☆☆☆


 それからの一週間、実に平和なものだった。

 澄河さんはなんというか落ち着いたし、学園のみんなも私を貧乏人扱いしないし、そもそも貧乏とは何かをよく分かっていない。更に言えば、周りがおかしいだけで私は大して貧乏じゃないので私だってよく知らない。念のため言っておくと、今ここで格差社会について論じるつもりはない。

 今問題になっているのは、明日やってくるという澄河妹のことだ。いま10歳ということは小4か小5、特筆すべきはお姉様恋しさに家出をするほどお姉様ラブで、お姉様に会わないうちには顔も出さない強情っぱりということだ。そしてその妹さんが私に会いたいという。

「気負わずに普通に会えばいいんじゃないの?」

 そうは問屋が卸さない。

 澄河さんの話では、妹ちゃんったら姉の出発前に「行かないで」と泣き喚いたとのことだ。そして今澄河さんは私とひとつ屋根の下。強烈な嫉妬の対象になりかねない。あるいは、愛しいお姉様を奪ったにっくきホニャララ、ないし信じて送り出したお姉ちゃんが……いや、これ以上はよしとこう。私の品性が疑われる。そもそもお姉ちゃんからして結構思い込みと感情が激しいところがある。それが深山家の血なのだとしたら、私には恐ろしい。


「明日、予定通り昼頃に来るって。あの子、すごく楽しみにしてる」


「そ、そうなんだ。ひかりちゃんと栞ちゃんも会ってみたいって」


「うん。迷惑かけるかもだけど、お願いね」


「分かってるって」


 迷惑かかるくらいですみますように。私の願いはそれだけだ。

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