第17話

 図書館は静かだった。それがルールなのだから当然なのだけど、最近はゆっくりする暇もなかったし、もしかしたらここはオアシスなのかもしれない、と思い始めた。図書委員らしい人も、受付で勝手に本を読んでいる。私も将来ああいう仕事がしたい。

 図書館は生徒数に対してかなり大きいようだ。地元の市立図書館と比べても遜色がない。真面目に読書する気にはなれないので、漫画コーナーがないかウロウロしてみる。案内図を見てみると、一階の端に小さく漫画棚があるようだ。

 行ってみると、一応は教育施設に併設されている図書館らしく、当たり障りのない漫画しか置いていない。日本の歴史、世界の歴史、あとは手塚治虫と藤子不二雄、水木しげるの三人だけだ。手塚も藤子も水木も、ちゃんと読んだら当たり障りがありそうな気もするけど、彼らは谷崎潤一郎とかオスカー・ワイルドみたいに文学の範疇に片付けられたのかもしれない。固有名詞を出してみると自分が賢い気がして気持ちがいい。私は文学にも精通しているのだ。

 実の所、ワイルドはもちろん谷崎も読んだことも読むつもりもないので、ドラえもんでも読むことにした。私はクレヨンしんちゃんの方が好きなんだが、さすがに図書館には置けないんだろう。鬼太郎はダメだ、怖すぎるし、ブラックジャックはグロすぎる。同じことを考える人は多いようで、ドラえもんだけあからさまに表紙がよれていた。

 遠い昔に読んだことある気がするが、こう見てみるとあまり覚えていないものだ。私の記憶の中のジャイ子はもう少し可愛げがあった。見る限りジャイアンよりタチが悪い。のび太はよくもまあこんなのと結婚したもんだ。ただ、のび太ものび太でとてもじゃないがいい男とは言い難い。頭も悪けりゃスポーツもダメ、映画以外じゃ優しくもない。しずちゃんはよくもまあこんなのと結婚したもんだ。


 ☆☆☆


 ダラダラと漫画を読んでいたら、いつの間にか昼時になっていた。お腹も空いたので、一旦寮に戻る。澄河さんは戻っていないようで、私の書置きが読まれた様子もない。


(澄河さん、どうしたんだろ)


 一応寮母さんに報告しとこう。何かあったら大変だ。


「深山さん?ああ、外出するって申請が来てるわね」


「そうなんですか?」


「ずいぶん慌ててたみたいね。夜中だったから、あなたが寝てる間に出てきたんじゃない?」


「そうだったんですか……」


 そういえばラインとかは交換していなかった。基本的に横にいたので、あまり必要性を感じていなかった。私にできることは、当面待つことだけだ。お腹も空いた。昼飯にありつくことにしよう。


 ☆☆☆


 あまり味のしない天ぷらうどんをすすって、部屋に戻って寝転がる。書置きはもう意味がないので、くしゃくしゃに丸めて捨てた。

 深夜に出ていったのなら、起こしてくれても良かったのだけど、きっとそこは気を使ってくれたんだろう。あるいは私が起きなかったのかもしれない。ずいぶん慌てていたらしいので、書置きを残す発想もなかったんだろう。

 一抹の寂しさを覚えながら、私はその寂しさを見ないふりをして、コップに水を入れた。そういえば、お土産の鳩サブレがまだ少し残っていたはずだ。棚を開けてかじりつく。紅茶が欲しいが、さすがにそれは澄河さんの領分だ。紅茶の淹れ方なんてさっぱり知らないし、わざわざコンビニまで紅茶を買いに行くのは億劫なので、水で諦めることにした。それに、鳩サブレも大して味はしなかった。それでも、鳩サブレは一枚ずつ減っていく。


「全部食べちゃうよ、澄河」


 当然、誰も返事なんかしなかった。


 ☆☆☆


 気が付くと、私は机に突っ伏して眠っていたらしい。頬にカフスボタンのあとが付いているのがはっきり分かる。


(見られると恥ずかしいし、マスクでも付けようかな。でも、夕飯食べるときに結局見えるよなぁ……)


 体を起こすと、私の背中から何かがずり落ちる。誰かが私に毛布をかけてくれたらしい。時刻は午後5時ごろ。寮のドアに私は鍵を掛けていた。開けられるのは寮母さんと私、あとはもう一人だけだ。

 見回せば、その人がいるのがすぐに分かった。髪もボサボサで、服も着替えていない。掛け布団の上に転がるように眠っていた。


「私のこと気遣う余裕があるんなら、自分のことも大切にしなきゃ」


 当然、誰も返事なんかしない。が、この場合は問題ない。


「起きたらお説教だからね、澄河」


 まずはラインを聞くのと、一人で出かけるときは書置きの類を残すように、ルールはあった方がいい。私たちはこれから長い付き合いになるんだ。

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