第16話
日曜、朝8時。アラームもないのに思いのほかスッキリと目が覚める。布団を抜けて伸びをした。澄河さんは部屋にいなかった。
(朝ごはんでも食べに行ったのかな)
今日は特に予定はない。201のふたりはそれぞれ気になっている部活に顔を出してみるそうだ。私のような面倒がりからしてみれば、せっかくの日曜日にまでわざわざ学校に行って汗を流すなんて考えられない。
とはいえ、私だってやることがない。実家にいる頃はゲームしたり映画を観たりしていたが、寮の部屋にはテレビがない。スマホをずっといじっているのも不健康な気がするし、勉強はしたくない。
「どうしよっかなぁ……」
とりあえず顔でも洗ってくるか。大きなあくびをして、適当に着替えてベッドを降り、一階に向かう。すれ違う人たちに挨拶をしながら、あの人の名前はなんて言ったっけ、確か同じクラスだったはずだ、これから覚えていけばいいだろう、なんてことをぼんやりと考えていた。
そういえば、澄河さんはもちろんのこと、ひかりちゃんや栞ちゃんともすぐ仲良くなれた。小学校のときも中学校のときも、友達を作るにはだいたい二週間くらいはかかっていたような気がする。やっぱり同じ屋根の下、だからかしら。
「あら?あなた、確か和宮さんよね」
ふと、後ろから声をかけられる。振り向くと、歓迎会で会った先輩がいた。
「えっと……、天野先輩?」
「そう、天野綾。覚えていてくれて嬉しいわ」
忘れようにもインパクトが強すぎる。私をダシに王子様とイチャついていた人だ。
「お、おはようございます」
「ええ、おはよう。学校にはもう慣れた?」
「いえ、その、まだ4日目ですし」
「まあ、そうよね」
正直このカップルが一番慣れそうにない。
「深山さんは一緒じゃないの?」
「ああ、先に起きてたみたいで。私が起きたときにはいませんでした」
「そう」
「あの、久野先輩は?」
「真琴なら今日は部活よ。演劇部なの」
「演劇部……」
栞ちゃんが見学に行くと言っていた。変な影響を受けなきゃいいけど。
「天野先輩は部活とか入ってないんですか?」
「ええ。汗水垂らして青春するなんて柄じゃないわ」
私みたいなこと言ってるよ。
「それなら、普段の日曜は何を?」
「部屋にこもって本を読んでるわ。うちの図書館、結構充実してるのよ」
「はあ」
「真琴が今度シェイクスピアをやるの。あらかじめお話の流れ、知っておきたいじゃない?」
「ずいぶん仲良いですよね、天野先輩と久野先輩」
「そうかもね。真琴なら渡さないから」
いらない。
「それじゃ、私はもう行くわ。引き止めてごめんね」
「ど、どうも」
何しに来たんだ、あの人。まさか本気で私が久野先輩にメロメロなんだと思ってるんじゃないだろうか。あるいは久野先輩の方が私にメロメロなのかもしれない。あれかな、天然ジゴロなのかな、私。
そんなわけないかと思い直して、ちゃっちゃと顔を洗って部屋に戻る。澄河さんはまだ戻っていなかった。
(仕方ない、ひとりでご飯食べるか)
私はもう少しだけ身だしなみを整えて食堂に向かった。
☆☆☆
今日の朝は和食だ。白米、味噌汁、鮭、納豆、ついでにほうれん草のおひたし。こんな立派な朝食は実家ではまず出てこない。
(こりゃ太っちゃうかもな)
朝食をかきこみながら周囲を見渡す。部活が活発らしい、人影は少ない。澄河さんもどっか行っちまったし、いよいよ暇を持て余している。実家から何か持って来りゃよかった。
(そういえばお姫様が図書館が充実してるって言ってたな)
漫画は置いてなさそうだが、どうせ暇だ。部屋に戻って、澄河さんがいなかったら図書館に行こう。そなことを考えながらふと窓の外を見てみると、ジャージを着た人たちが走っているのが見えた。その後列の方に、ひかりちゃんもいた。汗はかいているがバテている様子はなく、なんなら少しニコニコしている。ひかりちゃんはどうも土日の方が元気なタイプだ。あんな朝っぱらからロードワークなんて、私ならせっかくの朝ご飯が逆流してしまう。
(がんばれ、若人)
私は朝ご飯を食べ終えると、ロードワークに勤しむひかりちゃんと妙な先輩に振り回される栞ちゃんに心の中でエールを送り部屋に戻った。
☆☆☆
澄河さんはまだ戻ってないらしい。食堂にもいなかったし、書き置きの類もないが、何か用事でもあったのだろう。特に気にせず、念の為書き置きを一筆認めて、私は図書館に向かった。
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