第14話

 ラーメンも餃子も、その味は私の想像を超えていない。でも別に下回っている訳でもなく、決してまずくはないし、なんならおいしいと言っていい。歓迎会で食べたスナック菓子は別にして、こうした食事に懐かしさを覚えるのは、私が少しずつ金鳳花に染まった証なんだろう。チャーハンも付ければよかったかもと一瞬後悔しかけたが、お肌にもお腹にも障りそうだと思い直した。


「ご馳走様でしたー」


「あざっしたー」


 食べ終わったら会計を済ませてさっさと店を出る。まだ冬の冷たさの残る風が、ラーメンで温まった体に染みた。


「いやぁ、おなかいっぱいになったねぇ」


「そうね。すごくおいしかった」


 ひかりちゃんと栞ちゃんは気に入ってくれたようだ。町の中華屋さんがまずいなんてことはそうそうあることじゃない。ただ、澄河さんは少し離れたところで神妙な顔をしていた。


「澄河、どうかした?」


 声をかけると、一転笑顔になってこちらを向いた。


「な、なんでもないよ。おいしかったから、他のメニュー頼んで分けっこしたら楽しかったかもって」


「ああ、確かに。野菜炒めとか麻婆豆腐もあったもんね」


「う、うん。そうだね」


 分けっこか。そういえばさっきレモンジュースをみんなで飲んだときも、澄河さんの表情は暗かった気がする。


「ちょっと寒いねぇ。どこか中に入れるところないかなぁ」


「そうね。少し歩いたところに喫茶店があるみたい」


 栞ちゃんが地図アプリを開いている。確かに急に気温が下がった感じがするので、迷わずその案に賛成した。ここは都心から離れていて、遊ぶところもお買い物をするためのお金もそこまで多くない。お母さんにお小遣いをねだるにはまだ余裕はあるが、コーヒー一杯で半日潰せる喫茶店は願ってもない話だ。


 ☆☆☆


「こんにちは……」


 地元にあったチェーン店もそこそこ内装にこだわっていたが、この店のそれは比べ物にならない。深く磨き込まれた机も椅子も、新しいものではないだろうけど、しっかり手入れされていて艶がある。カウンターの奥でダンディなオジサマがカップを拭いていた。


「いらっしゃい……。お好きな席へ……」


 オジサマの声はダンディすぎるがなんとか聞き取れた。窓際の席に座ってとりあえずコーヒーを注文すると、カリカリと豆を挽く音がカウンターの向こうから聞こえた。


「結構本格的なお店だね。メニュー、ちょっとしか書いてない」


 コーヒーのほか、ケーキやらゼリーやらプリンやら、簡単なスイーツがそこそこのお値段と一緒にメニューにはリストアップされていた。

 コーヒーも結構なお値段だ。何も乗せていないのにフラペチーノくらいする。もっとも私はフラペチーノが出るチェーン店はこれまでずっと敬遠してきたほどには財布の紐が固いので、私の金銭感覚はあてにならないかもしれない。油っこい中華を食べたばかりでお腹が空いていない分スイーツを食べない言い訳が成立することが今は嬉しい。

 ほどなくしてコーヒーがトレイに乗ってやってくる。口をつけると、深い香りと苦味が広がってミルクを入れればよかったと後悔したので、テーブルの端のミルクと、ついでに角砂糖を入れた。


「入れるんだ。和宮ちゃん、ブラックコーヒー飲めるんだって感心してたんだけど」


「あんまり見栄張るもんじゃないね」


 結局、何も入れなかったのは澄河さんだけだった。


「苦くないの?」


「そういうわけじゃないけど、苦いのも好きなんです」


「へー。オトナって感じ」


「そ、そんなことないよ。私まだまだ子供だなあって、いつも反省してばっかり」


「どうして?」


「い、いえ、どうしてってこともないんだけど……」


 澄河さんは心の内を隠しているようだった。澄河さんは私と話すときと、ひかりちゃんや栞ちゃんと話すときは随分と雰囲気が違う。というか、こうして話す限りは普通の女の子でしかない。私の前で見せる異様な雰囲気はなんなんだろうと、私はすっかり甘くなったコーヒーを飲み下しながらぼんやりと考えていた。


「ねえ、深山ちゃんはお休みの日とか何してるの?」


「え、えーっと……。そうですね、本を読んだり、映画を観たり……。妹がいるんですけど、妹と一緒にゲームしたりとか……」


「へー。妹さん、いくつ?」


「10歳です。こっちに来るときお姉ちゃん行かないでって泣いてくれました」


 私はひかりちゃんや栞ちゃんより先に、この話を聞いたことがあった。そのことが少し嬉しくて、でもそう感じた理由は全くもって分からなかった。

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