第13話
少し歩いたら公園に出た。濃いピンク色の花を咲かせた、大きな桜の木が立っていた。
「キレイだねぇ」
ひかりちゃんがそう言って桜の木を見上げていた。まだ七分咲きみたいだが、それでも見事なものだった。
「これ、ソメイヨシノじゃないよね。ちょっと色が濃いし」
「オオヤマザクラ、かな」
栞ちゃんの疑問に対して、澄河さんはすぐに答えた。
「詳しいんだね、深山ちゃん」
栞ちゃんが何気なく言った深山ちゃんという呼び名に、私はまだ慣れないでいた。私の中で「澄河さん」が定着してしまったというのもあるけど、なんというか、むず痒い感覚が抜けなかった。私も澄河さんも「すみか」だから、他に呼びようがないのは百も承知の上で、それでも私は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
朝早く出たこともあって、時刻はまだ10時を回っていない。私たちは公園にあったテーブルを挟むベンチに腰掛けた。私は自動販売機で買った暖かい缶のレモンジュースを飲んで、息をついた。
「和宮ちゃん、それおいしい?」
ひかりちゃんがそう訊いてきた。
「おいしいよ。一口飲む?」
「いいの?」
ひかりちゃんは私から缶を受け取って一口飲んだ。
「おいしーい!」
「わ、私もいい?」
栞ちゃんも興味を持ったみたいだ。
「いいともいいとも」
「ありがとう!」
ひかりちゃんから栞ちゃんに缶が渡り、栞ちゃんもまた一口。
「本当、おいしい……。ありがとう、和宮ちゃん」
「いえいえ。……澄河、も飲む?」
ここで澄河さんだけ仲間外れにするのは具合が悪いしあとが怖い。ついでに言うと、呼び捨てにしなかった場合もまたあとが怖い。
「私も?」
「ああいや、いらないならいいんだけど」
「……ううん、いただくね」
一瞬迷った表情を見せたあと、澄河さんは缶に口をつけた。一口飲んで、少し顔を和らげさせて、私に返してくれた。
「おいしかった。ありがとう」
「ううん。みんな気に入ってくれたみたいで嬉しい」
それから私たちは他愛のない話をしばらくしていた。家族だとか趣味だとか、そりゃあ私のそれよりは上等かもしれないけど、いくらお嬢様の集まりとは言っても、高校に上がりたての女の子らしくかわいらしいものたった。
☆☆☆
ひかりちゃんが「お腹空いた」と言い出したのでスマホの時計を見てみると、とっくに正午を過ぎていた。
私たちは適当にぶらつきながらご飯が食べられるところを探して、こじんまりした町中華を見つけて入った。
「いらっしゃーせー」
ご主人が競馬新聞を読みながらそう言って私たちを迎えた。私たちの他にも工事帰りらしい人たちがビールを片手に昼食にありついていた。
お嬢様方が店に入るなりまごまごし始めたので、適当な席について着席を促した。
「私、こういうお店初めてかも」
「私も。和宮ちゃんは慣れてるみたいだったけど」
ひかりちゃんと栞ちゃんは物珍しそうにキョロキョロしていた。澄河さんは何やら緊張した様子だった。
「まあ、近所に似たようなお店あったしね」
よれよれのメニューは見開き1ページしかない。
「私はラーメンと、あと餃子かな。みんなは何にする?」
私はすぐに決めて、メニューをみんなが見やすい角度に回す。当然北京ダックもフカヒレもなく、お手頃価格の中華料理ばかりが並んでいる。
それぞれしばらく時間をかけたが、決まったらしい。
「すいませーん!ラーメン4つと餃子4人分お願いしまーす!」
「あいよ」
結局、みんな私と同じメニューを選んだ。確かに初めての中華屋の麻婆豆腐は辛さがどれくらいか分からないから勇気がいる。ご主人は気だるげに返事すると厨房で調理を作り始める。
「すみか、すごいね」
澄河さんがそう言った。
「なにが?」
「だって、私には無理だよ、さっきみたいなの。あんな風に大きな声出すなんて」
「でも澄河、入学式のとき大勢の前でスピーチしてたでしょ?あれに比べたら全然だよ」
「あれぇ、そうだったっけ?」
「ひかりちゃんは寝てたから」
「そうだっけ……」
「ひかり、授業中も眠そうにしてたでしょ。初日なのに」
「いやぁ、お恥ずかしい」
いつの間にか栞ちゃんはひかりちゃんを呼び捨てにするようになった。いつ呼び名が変わったかは定かじゃないけど、なんというか羨ましく感じる。
私といえば、澄河さんを呼び捨てにするのは澄河さんが怖いからだし、今もどこか澄河さんに遠慮している。これは身分の差でもなんでもない。澄河さんがどう思っているか分からないけど、いかんともしがたい壁が、澄河さんと私の間にできてしまっているような気がした。
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