第12話

 学園生活3日目。今日を凌げば明日は土曜日、すなわち休みだ。今日から授業は始まるが、私は秀才ゆえそんなことは大した問題じゃない。本当の問題はいま、私の腕に絡みついている。


「すみか……」


「な、なんでしょう」


「ちょっと、歩きにくい」


 お前が絡みついてるからな、なんてことを言う義理はあれど度胸はない。今日も黙って苦笑いする。部屋を出るとひかりさんと栞さんに出くわした。


「おはよう、栞さん、ひかりさん」


「あ、うん。おはよう。……仲良いねぇ」


 ひかりさんがちょっと引いてる。


「あはは」


 私は乾いた笑いを返す他ない。


「じゃ、じゃあ、行きましょうか」


 栞さんが引きつった声でそう言った。


「あはは」


 私はもう一度乾いた笑いを返した。


 ☆☆☆


「疲れたぁ……」


 授業が終わり、澄河さんはお手洗いに向かう。私はそう言って机に突っ伏した。


「なんか、大変だねぇ、和宮さん」


「ひかりさぁん……」


 ひかりさんが心配そうに話しかけてくれる。


「深山さんと何かあったの?ケンカしたって感じでもなさそうだけど」


 栞さんもまた同じだ。しかし昨夜あったことをそのまま伝えられる自信がないし、伝えたら伝えたで余計な懸案を産みかねない。


「どう説明したらいいか分かんないけど、私澄河さんのことが分かんないよぉ……」


 そんな打算もなんのその、たまらず本音が飛び出した。


「よく分からないんだけど、コミュニケーションが不足しているんじゃないかしら。なんというか、一方通行な感じがする」


「コミュニケーション……」


 思い返してみれば、澄河さんとの会話が成立していたことは数える程もない気がしてきた。澄河さんは一方的に愛情的な何かを押し付けてくるが、私はそれをいなしきれずに結局ダイレクトアタックをくらい続けている。


「でも、今の状態の澄河さんと何を話せばいいんだろう……」


 栞さんは腕を組んで思案する。お父さんお母さん、私には出会って三日でここまで私のことを考えてくれる友達ができました。


「そうだ!」


 ひかりさんが何かを思いついたらしい。そのタイミングで、澄河さんも戻ってきた。


「みんな、明日ひま?」


「私は予定ないよ」


 栞さんがそう言ったので私も同調してみる。


「私も暇だけど……」


 私がそう言った瞬間に澄河さんが一瞬ムッとした表情を見せたが、見なかったことにした。


「みんなでお出かけしない?」


 ひかりさんはそう言って、にへらと笑った。


 ☆☆☆


 翌朝、私は私服に着替えて部屋の外で待っていた。澄河さんが言うには、「着替えてるところを見られると恥ずかしい」とのことだ。私も恥ずかしいと言ってお風呂を断ってるので何も言えないが、これから体育の授業とかどうするんだろう。


「やっほ、和宮ちゃん」


「や、ひかりちゃん。栞ちゃんは?」


「今慌ててお着替えしてる。ほら、お寝坊さんだから。深山ちゃんは?」


「着替え中。なんか相当気合い入れてるみたい」


 ひかりさんと栞さん改めひかりちゃんと栞ちゃんとは、お互いちゃん付けに落ち着いた。同級生の隣部屋で付き合いも長いだろうに、いつまでも他人行儀なのはいかがなものかという計算は少なくとも私の中にはあった。他のみんながどうかは知らないが、お互いに様付けしてオホホと笑うのは多分悪役令嬢みたいな人だけだ。

 ひかりちゃんは動きやすそうなパーカーを着ていた。元気印の栞ちゃんによく似合う。


「お待たせ。待たせちゃったかな?」


 程なくして栞ちゃんも出てくる。栞ちゃんは思ったより可愛らしいチュニックを着ていた。こちらもよく似合っているが、何か違和感がある。


「栞ちゃん、メガネは?」


「あ、ほんとだ」


「今日はコンタクト。せっかくのお休みなんだもの、少しはおしゃれしなくっちゃ」


 栞さんはそう言ってはにかんでみせた。


「ひかりちゃんといい栞ちゃんといい、201は二人ともべっぴんさんだよね」


「そ、そうかなぁ?えへへ」


「202だって美人だよ。和宮ちゃんも深山ちゃんも」


「またまた、お上手なんだから」


 そんな風に談笑しているうちに、べっぴんさん4号が部屋から出てきた。


「ご、ごめんなさい。思ったより時間かかっちゃって」


 澄河さんは清楚なワンピースを着ていた。スラリと背が高い澄河さんはこういうときドキッとさせてくるからタチが悪い。


「それじゃ、行きましょうか」


 こう言いながらすぐに私に引っ付こうとするあたりはなおのことタチが悪い。しかしいつも腕を組まれては歩きにくいことこの上ない。

 ここは妥協案を探る。実はこれについては、夜中こっそり201組とラインで相談していたのだ。

 私は手を澄河さんに差し出す。


「行こう、澄河」


「は、はい……!」


 澄河さんはやたらと感動した様子で私と手を繋いだ。この状態で街を歩くのは恥ずかしいが、腕よりはまだマシなはずだ。

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