第11話
「それでは皆様の入学を祝して、乾杯!」
生徒会長だという御仁の音頭に合わせて、私たちはぶどうジュースの入ったコップを鳴らした。このぶどうジュースはスーパーとかで買える普通のやつだ。
テーブルには見覚えのあるスナック菓子がパーティ開きで置いてある。他にもチョコだなんだとたくさんあるが、どれも見覚えのある品物だ。お嬢様方も別に庶民の食べ物を珍しがるでもなく、スナックでギトギトになった口内をジュースでさっぱりさせるくらいの術は心得ているようだった。
私はというと、隣室の先輩と卓を囲んでいる。203号室の2年生、久野真琴さんと天野綾さん。久野さんはボーイッシュな男前、天野さんはフェミニンないい女。
「和宮さんは特待生なんだって?優秀なんだ」
どこから聞き付けたのだろうか、久野さんがそんなことを言ってきた。
「い、いえ、私なんて……」
「謙虚なんだ。かわいいね」
そう言って久野さんは私の顎に手を添えた。
顎に手を添えた!?
なんだコイツ!!
「君みたいにかわいい子が隣にいるなんて、夢みたいだ」
「あはは……」
久野さんは顎クイなんて使い古された胸キュンテクニックを真顔で私にやってのけている。タチの悪いことになかなかのイケメンガールなので堕ちる子は堕ちるだろう。私が正気を保っている理由は真後ろにある。
「……」
一瞬ちらりと見たが、澄河さん憤懣やるかたないといった表情でこちらを睨みつけていた。殺気のようなものが私の背中をジリジリと焦がしている。
「真琴、そこまで」
そこに天野さんの助け舟が入った。
「ごめんね綾。嫉妬させちゃったかな?」
「嫉妬なんかしないわ。貴女は私のものなんだから」
「ふふっ、敵わないなぁ」
違った。当て馬にされたんだ。こんなのが隣なのか。
「……変な人たちですね」
私は澄河さんだけに聞こえる声量でそう言った。
「……」
しかし返事がない。
「あのー、澄河さん?」
「すみかさんなんて知りません!」
なんか怒ってる?なんで??
「あのあの、私なにかいたしましたでしょうか……?」
「そうか、君たち二人とも『すみか』って言うんだね。なにか運命的なものを感じるよ、まるでモイラに導かれたような……」
久野さんが訳の分からない茶々を入れてくる。うるさい黙ってろ、と言いそうになるのを堪えて苦笑いを返した。
☆☆☆
結局、歓迎会が終わるまでの間、澄河さんは口を利いてくれなかった。部屋に戻ってからしばらく経つが、澄河さんはカリカリしながら、机に向かって何やらカリカリ書いてるししてるし、私はと言えば正座してぎこちない笑みを浮かべている。
「あ、あのー……」
「知りません!」
取り付く島もない。私は何をやらかした?
澄河さんの機嫌が悪くなったのは……思い出すまでもなく、隣のキザな人に顎クイされたあたりだ。
「もしかして、久野さんですか?」
「……」
返事がない。沈黙は肯定とみなしましょう。
「多分、なにか誤解があるのでは……」
「……」
返事がないパート2。
「あの、澄河さん、澄河さんにどう見えたか分からないですけど、久野さんと私は別に何もなく……」
「……うそつき」
「へ?」
「だってあんなにデレデレして……!私というものがありながら!」
この子は一体どういう立場で喋ってるのかしら。しかしお怒りの原因ははっきりした。
「澄河さん、聞いてください。私は久野さんとは本当になんでもないんです」
なんでこんな浮気男みたいな言い訳をせにゃならんのだ。
「久野さんも、ちょっとからかってきただけで。私もその、悪ノリしちゃっただけというか、そんなつもりは毛頭なく……」
「……」
「ほら、久野さんも言ってたじゃないですか。同じ名前なんてほら、運命的だとかなんとか……」
「それじゃあ、私のこと、好き?」
「はい?」
「私のこと、好きですか?」
「え、ああ、はい。もちろん」
そこまで言いきらないうちに、澄河さんは抱きついてきた。
「もう、バカ!私、本当に……」
そんなことを言いながらわんわん泣き始めた。
「その、す、すいません」
「……敬語は、やめて。すみかさん」
「はい?」
「私、すみかって呼ぶわ。だからすみかも、私のこと、澄河って呼んで」
「は、はい」
「敬語は……」
「わ、分かりま……分かった。うん」
澄河さん、もとい澄河はもうしばらく私に抱きついたあと、泣き腫らした顔を洗いに行ってから、やたら清々しい顔で戻ってきた。
「それじゃあおやすみなさい、すみか」
「う、うん」
そしてさっさと寝床に入っていった。
「なんだったんだ……?」
さあ、2日目でこれだ。私はこれから3年間やっていけるだろうか。今からでも201に混ぜてもらえないかしら。いや、そんなことをしたら私だけでは飽き足らず、ひかりさんも栞さんも命がないかもしれいな。
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