第10話
朝食はフレンチトーストにオムレツ、サラダと牛乳。明日はメニューが変わるらしい。今までの、食パン一枚適当に焼いたものにジャムだ蜂蜜だを塗りたくって牛乳で流し込んでいただけの粗末な朝食とは訳が違う。味の違いなんて私には分からないが、お値段の違いはなんとなく分かった。
「和宮さん、食べるの早いねぇ」
「そ、そうかな」
ひかりさんも栞さんも澄河さんも、まだ半分も食べ終わってない。私としたことが、あっという間に平らげてしまった。仕方ない、美味いんだから。私はナプキンで口元を拭き、簡単に畳んでテーブルに置く。カトラリーの向きも揃える。ハウツー本に書いてあった通りのマナーだ。
私以外の三人もマナー通り、というかマナー以上に上品な所作で朝食を口に運んでいる。彼女たちのマナーには付け焼き刃感も一夜漬け感もない。
私は危機感を覚える。今までに出てきたメニューを折り目正しく食べるのに技術はいらない。だが、例えばエビが出てきたとき、私はナイフとフォークで殻を剥けるだろうか。一度やり方を調べたが、あれの難易度は魚の神経締めにも引けを取らないはずだ。
「すみかさん?」
澄河さんが心配そうに私を見ている。
「あ、いえ!大丈夫です!ちょっとぼーっとしてただけで……」
そんなに顔に出てたかしら。さっき「何かあったら言って」と言われたばかりだというのに、エビが捌けるか心配です、とはとても言えない。殻が剥けてないエビが出てくるかどうかもまだ分からないのに。
「そうですか?それならいいんですけど……」
「と、ところで、皆さんはもう部活とか決めました?」
話題の転換を図る。
「私はサッカー部かなぁ」
ひかりさんがそう言った。
「そっか、金鳳花は野球部もソフトボール部もないものね」
栞さんだ。
「それもあるけど、私中学までずっとソフトボール部だったんだ。だけどね、パパの娘だからって変に期待されててさ、ちょっと息苦しかったんだ」
確かにサブロー選手はほとんどヒーロー扱いだ。その娘だと言うのだから、私だって期待する。
「でもスポーツは好きだから、サッカーでもやってみようかなって。栞ちゃんは?」
「私は演劇部かな。人前に出るの実は嫌いじゃないんだ」
確かに栞さんは物怖じしない方な気がする。風紀委員的な第一印象もあるし、政治家の娘なら素質もあるんだろう。いやいや、こうやって人を血筋で見るのは良くないな。くたばれ世襲政治。
「確かに、栞さん美人だもんね。将来はオスカー女優だったりして」
私がそう言うと、栞さんは顔を真っ赤にして首を横に振った。
「そ、そんな褒めすぎだよ!」
「えー、栞ちゃんかわいーよぉ?」
「からかわないの!」
栞さんの顔は茹でダコのごとく紅潮していく。それをひかりさんはニヤニヤと見つめていた。
「ひかりさんもかわいいですよね」
そこに、澄河さんが何食わぬ顔で一石を投じた。
「そ、そうだよ!ひかりさんだって……」
「わ、私なんかかわいくないもん!」
「いーや、ひかりさんの方が……」
「ううん、栞ちゃんが……」
あらやだ、この子たちイチャつき始めた。私はその様子を見てケラケラと笑った。澄河さんも口に手を当てながらクスクスと笑っていた。
☆☆☆
「今日は荷物が軽いからいいですね、澄河さん」
朝食を終えて、私たちは学園に行く支度をしている。昨日先生も言っていた通り、今日は授業はなく、諸々の説明だけ。通学カバンの中は手帳と筆記用具だけだ。
「ええ、そうですね。……そういえば、すみかさん」
「はい?」
「すみかさんは部活、決めてるんですか?」
そういえば私たちのターンはあの二人の痴話喧嘩のせいで回ってこなかったんだった。あのときは自分で話題を振っておいてなんだけど、私は何も考えてなかった。
「いやー、どうしよっかなぁ。中学も帰宅部だったんですよね、あんまり興味湧かなくて。澄河さんは?」
「私もです。……帰宅部って、金鳳花でもアリなんでしょうか?」
「さぁ……?」
☆☆☆
「部活、委員会は強制ではありません。各自、自分にとって最も良いと思える選択肢を選んでください」
原谷先生は、学園の諸々の規則を説明したあとそう言った。
「よかったですね、すみかさん」
「う、うん」
しかし、これからは放課後何しようか。受験勉強……はしなくていいか。この学校は偏差値と学費がバカ高いだけあり、推薦入試の枠が多いらしい。ある程度の成績を維持する必要はもちろんあるけど、試験前にちょっと勉強すれば大丈夫だろう。何せ私は賢いのだ。偏差値が高すぎてバカ高い学費を払わなくていいのだから。しかし、澄河さんと二人して寮に籠っているのも気が詰まる。というかおっかない。
「放課後は皆さんの先輩が歓迎会を開いてくださいます。ぜひ出席なさってください」
そういえばそんな話があった。今日のところは後先を考えなくて済みそうだ。
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