第9話

 朝が来たことを忌々しいアラームが告げる。私はのそのそとスマホの位置を探り、アラームを止めた。時刻は朝6時。人間早起きに越したことはない。


「おはようございます、すみかさん」


「あ……おはようございます」


 澄河さんは既に起きていて、制服に着替えていた。


「早いですね……」


「ええ、いつもはもっと早くにわんちゃんの散歩に行っていたんです。それから早起きが癖になってて」


 澄河さんはそう言って笑った。きっと大きな犬なんだろうな。私はだらだらとベッドから起きて、澄河さんに一言言ってから洗面所へ向かう。洗面所は一階の浴場のそばにある。さすがにまだ早いようで寮は静かだ。昨日は意識していなかったが、若い女子がそれなりの人数集まっていたわけで、周りからはきゃぴきゃぴとした笑い声が絶えなかった。

 お嬢様たちも意外とお寝坊さんだな、なんて考えながら顔を洗うと、冷たい水に一気に目が覚めた。


「あれ、さくらちゃん、おはよぉ」


「ひかりさん、おはよう」


 ひかりさんは薄いオレンジ色の、かわいらしいパジャマを着たままゆっくりと歩いてきた。


「栞さんは?」


「まだ寝てる……ふぁあ〜あ」


 ひかりさんは大きなあくびをしながら私の横に立った。


「深山さんはどぉしたの……?」


 まだ目が覚めきってないらしく、呂律がしっかり回ってない。


「もう起きてた。支度もバッチリ」


「すごいねぇ……」


 二人並んで歯を磨く。背丈は私の方が少し高いようだ。


「あとで一緒に朝ご飯食べようよ。栞さんと、澄河さんも一緒に」


「分かったぁ……」


 本当かしら。まあ、あとで部屋まで迎えに行けばいいか。


 ☆☆☆


 午前7時。私は澄河さんを連れ立って隣室の扉をノックする。ほどなくしてひかりさんが扉を開けた。


「和宮さん、深山さん。どうかした?」


「朝ご飯」


「あー、そっか、そんな話したねぇ」


「栞さんは?」


「まだ寝てる。叩き起してくるね」


 ひかりさんはそう言ってドアを閉めた。


「なんていうか、意外ですね。栞さん、けっこうしっかりしてそうなのに」


「そうですね。それにしても、『叩き起す』ですって」


 澄河さんはそう言ってまた上品に笑った。

 私たち二人は起きてから大した会話はしてなかった。今日は色々と説明があるとのことで、授業はまだ始まらない。一晩開けても、私は澄河さんのことを何も知らないままだった。だけど澄河さんは私のことを知っている。そのことが少し不公平に感じた。


「お、おはようございます……」


 寝癖を大暴れさせた栞さんが目をしょぼしょぼさせてドアを開ける。眼鏡を外している栞さんの姿を見るのは浴場で会ったときから二回目だ。栞さんの声にはどこか朝への恨めしさが感じられる。


「おはよう、栞さん。起こしちゃった?」


「う、ううん。ぜんぜん、大丈夫。えっと、朝ごはん、だよね。すぐに支度するから……」


「そーいうことだから、二人は部屋で待ってて!」


 奥からひかりさんのはつらつとした声が聞こえた。私と澄河さんは顔を見合わせ、少し笑ってから部屋に戻った。


 ☆☆☆


「お待たせしました。おはようございます、和宮さん、深山さん」


 栞さんは10分もしないうちに着替えたのはもちろんのこと、きれいに磨かれた眼鏡をかけ、ボサボサだった髪は梳かれて後ろに縛られている。昨日教室で見た「ザ・優等生」的な出で立ちに変わっていた。


「じゃあ行こっか。朝ごはん」


「う、うん」


 私は呆気にとられつつ、前を歩くひかりさんと栞さんに着いていく。


「……どうやったんでしょうね?」


 私はひそひそと澄河さんに話しかけてみる。


「さあ……」


 さすがの澄河さんも驚いているようだ。さすがに7時を過ぎると、ざわざわと辺りが騒がしくなってくる。

 そういえば先輩たちが帰ってくるのも今日のはずだ。目ぇ付けられたらどうしよう。「あら!貧乏人がいますことよ!オーッホッホッホ!!!」みたいな。いや、さすがにいないか。そもそも見た目だけで分かるもんでもなし。いや、分かるかも。たまたまひかりさんや栞さんが優しいだけで……。


「すみかさん?」


「は、はい!」


 急に声をかけられて驚いた。会話中にぼーっとしてた私が悪いんだけど。


「元気、ないですか?」


「あ、いえ、そんなことは……」


 そう言って否定したけど、不安になっていたのは確かだ。けど、私はそこまで顔に出るタイプじゃないはずだ。


「何かあったら言ってくださいね。私たち、これからずっと一緒なんですから」


 澄河さんはまたそんなことを言って微笑んでいる。私は聞こえのいい返事を探していたが、見つかる前に食堂に着いた。

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