第6話

 ひかりさんと栞さんと約束した時間になる頃、私たちは部屋に戻ってきた。

 私が自分のベッドに腰掛けると、深山さんは当然のごとく私の隣に座った。お菓子を挟んで座っていたときのドギマギした雰囲気はどこへやら、深山さんはやたらとニコニコしてこちらを見ている。

 私はなるべくそっちを見ないようにしつつ、気になってチラリと目を向けると間違いなく深山さんと目が合うので、その度に精一杯の笑顔を見せた。

 ほどなくして、ドアをノックする音が聞こえる。

 きっと隣室の二人が私たちを迎えにきたのだ。


「み……澄河さん。そろそろ約束の時間だし、いきましょ」


「そうですね。どんなお食事なんでしょう、楽しみです」


 立ち上がる私に澄河さんはピッタリくっついてくる。ドアを開けると、思った通りひかりさんと栞さんが待っていた。


「あれ、なんかさっきより仲良くなってない?」


「うふっ、そう見えますか?」


 ひかりさんの言葉に、澄河さんはひたすらに嬉しそうだった。実の所私はあんまりそう思ってないけど。むしろちょっと怖い。


「と、とりあえずご飯行こ。食堂ってどこだっけ?」


「一階の奥にあるわ。行きましょ」


 栞さんがそう言うので大人しくついて行くことにした。ついでだが、澄河さんが私の肩をずっと掴んでることに関しても大人しくしている以外に対策が思い浮かばなかった。


 ☆☆☆


 夕食は今日は通常営業、すなわちホテルシステムだ。ホテルシステムと言っても朝食バイキングではなく、基本的に平日の晩は日替わりのメニューが出るらしい。明日は上級生が中心になって私たちの歓迎会を開いてくれるそうだ。

 金鳳花には四階建ての寮がふたつある。金鳳花なんていう字面だけ見れば豪華絢爛な校名に対して、寮の名前は「東寮」と「西寮」だなんて風情もへったくれもない。ふたつの寮は一階の食堂で繋がっており、寮に関わらず同じ場所で食事をすることになる。

 ちなみに私たちは東の住人だ。誰がどういう基準で寮や部屋割りを決めたのかは知らないが、魔法のしゃべる帽子ではないのは間違いない。


「こんばんは。お名前を頂戴できますか」


 食堂の前にカウンターみたいなのがあって、口髭をセットしたいかにも紳士然としたタキシードのオジサマがそう尋ねてきたので答えると、「お好きな席へどうぞ」と言ってきたので言う通りにした。

 同級生が既に何人かいて、私たちに気付くと会釈をしてくれた。彼女たちは各々食事を口に運びながら上品に談笑している。ハンバーガー屋でぺちゃくちゃ喋ってる若い娘たちとはえらい違いだ。

 私が座ると、澄河さんは隣に座る。頭ひとつくらいはありそうな身長差がぐっと縮まって、足の長さまで負けたと悔しくなった。


 ☆☆☆


「お待たせしました。カルボナーラです」


 出てきた料理は思ったよりも普通のものだった。カルボナーラくらいなら私だって食べたことがある。


「じゃあ、いただきましょうか」


 パスタの食べ方は心得ている。スプーンは使わず、フォークのみで食べる。蕎麦とかうどんみたいに音は立てない。フォークを回すのは反時計回り。皿は手に取らず置いたまま。貧乏人は野蛮だとか思われてはならないと思って食事マナーは一通り頭に叩き込んでおいた。


「おいしいねぇ、これ!」


 ひかりさんがそう言った。確かにおいしい。ていうかめちゃくちゃうまい。今まで食べてきたパスタが霞むレベルでうまい。この学校に入ってよかった。ひかりさんも似たような気持ちらしい。


「ひかりさん、口にクリームが……」


 栞さんがそう言って、ナプキンでひかりさんの口を拭いた。


「えへへー」


 なんだこの子達は。ちょっと仲良すぎじゃないか?今日会ったばっかりじゃないの?ちらりと横を見ると、澄河さんが目を輝かせていた。


「すみかさん……!」


 殺気!私はナプキンで口を拭った!


「な、なんでしょう?」


「……なんでもありません」


 澄河さんはそう言ってそっぽを向いた。

 ……危なかった。どうしたんだ一体。私に随分と感謝していたらしいが、それに覚えはないし、それにしたってこの距離の詰め方はおかしい、というかおっかない。

 カルボナーラはさっさと片付けちまおう。私はマナーに最大限配慮しつつカルボナーラをかきこんで口を拭った。


「すみかさんったら、そんなに美味しかったのね」


 澄河さんはそう言って微笑んだ。澄河さんとの距離感を保つための私の努力は、どうも「わんぱく」として片付けられたらしい。

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