第3話

 私と深山さんは、お互いカーペットの上で向かいあって正座していた。

 部屋はそれなりに広く、それぞれのベッドや机の間にはそれなりに大きな空間が広がっていて、間にはカーテンで仕切りを通すこともできるようになっている。


「改めて、深山澄河と申します。よろしくお願いいたします」


 深山さんは三指を着いてそれは美しいお辞儀をする。


「わ、和宮すみかです!こちらこそ、お願いします!」


 私は同じようにお辞儀をする。いやしかし、私の姿勢は土下座に近いような気がする。一体何が違うのか、客観的に見れば分かるのだろうが当事者たる私にそれは難しい。ひとつ分かるのは、育ちというのはこういうときに出るということだ。


(仕方ないじゃんか!中学じゃ勉強すらろくに教えてくんないんだなら!)


 いや、もしかしたらこういうお嬢様というのはお作法のお稽古みたいなことも普段からしているのかもしれない。それ以外にもきっとお筝にピアノに茶道にフランス語、下手したらフェンシングに合気道とかもやってるはずだ。お嬢様には習い事がみっちり詰まっているものだ。


「あ、あの、和宮さん?」


「はいっ!?」


 慌てて顔を上げる。深山さんは戸惑ったような顔をしている。途中で変な考えごとをしたばっかりに思ったよりも長く土下座をしてしまったらしい。


「そ、そうだ深山さん!あの、お土産があるので、どうぞお近づきの印に……」


 私はトランクをまさぐって地元銘菓・鳩サブレの缶を取り出して差し出してみる。


「鳩サブレ!私、大好きなんです」


 一転、深山さんはニコニコ笑顔でそう言った。私の目論見は外れてない。すなわち、名産品には高級も低級もない。お値段は決してお手軽とは言えないが、手が出ないというものではない。

 しかし鴉サブレでこんなに喜ぶだなんて、かわいいところもあるじゃない。考えてみればお嬢様だって女の子だ。女の子は甘いのが好き。男の子だって概ね好きだろう。


「私、お茶を入れますね。一緒にいただきましょう」


「お、お願いします!」


 深山さんの提案を断る理由は何一つ無い。

 いや、待てよ。ティータイムというのには確かお作法があったはずだ。具体的な内容は何一つ知らないが、お嬢様とかお姫様とかがお庭で優雅にティーパーティーしているのを何かのアニメで見た気がする。

 考える間もなく、芳醇な香りが部屋に漂い始める。部屋にキッチンは無いが、流しと電気ケトルくらいはある。しばらく待っているうちに深山さんが二人分のティーカップを持ってきてくれる。


「あ、ありがとうございます!」


「いえ、これくらい。お口に合うと良いのだけど」


 紅茶の味なんてどれも変わらないと思っていたけど、これが美味しいということは分かる。


 しかし、なんだな。

 これから三年、私たちはある種同棲するわけだ。

 それなのにいつまでも敬語というのは気が詰まる。とはいえ、相手は両家のお嬢様だ。気安く口を聞いたら怒られるでは済まないかもしれない。

 どうしたもんかと考えていると、和宮さんは私に話しかけてきた。


「あ、あの、お口に合いませんでしたか?」


「そ、そんな!すっごくおいしいです!

 ちょっと、今まで飲んだ紅茶でいちばんおいしかったから、びっくりしちゃって……」


 これは嘘じゃない。もちろん、正確な表現でもない。しかし私の心のありようをそっくりそのまま伝えるわけにもいかないので、今はいちばん穏当に思えることを言った。

 そのとき、誰かが私たちの部屋のドアをノックした。停滞したこの部屋の雰囲気を変えてくれる救世主か、さもなくば連絡事項を伝えに来た用務員かもしれない。


「は、はい!」


 私は立ち上がってドアを開く。そこにあるのはつい最近見知った顔だった。


「えっと、確か……」


「今日からお隣の瀧川ひかりです!」


 そうだ、瀧川さん。入学式から船を漕いでいた大物だ。元気ハツラツを擬人化したような、大きな声と血色のいい肌が眩しく感じる。


「同じく201号室になりました野上栞です。よろしくお願いします」


 登校初日に、深山さんの不在を先生に指摘した大物だ。眼鏡の裏から静かな目線が私と、後ろにいる深山さんに向けられる。


「深山澄河です。よろしくお願いします」


「わ、和宮すみかです。どうも」


 腰巾着とか思われてないだろうか。


「そ、そうだ。おふたりもお菓子、食べませんか?ねえ、深山さん」


「ええ、おふたりさえよろしかったら。紅茶もありますよ」


「お菓子だって!お邪魔しちゃおうよ、栞ちゃん」


 栞ちゃん?


「そうね、ひかりさん」


 ひかりさん??


「お邪魔しまーす」

「お邪魔します」


 私の心の引っかかりをよそに、二人は私たちの部屋に入ってきた。私は張り付いたような笑顔の裏で、自分の中に生まれた違和感の正体を探していた。

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