第2話
教室に戻り席に着く。深山さんはやはり私の隣人だったようだ。背筋を真っ直ぐ伸ばして座る深山さんの姿に座れば牡丹という言葉が頭をよぎったが、さすがに褒めすぎだと勝手に可笑しくなった。
「改めまして、皆さんの担任となりました原谷冴子です。これから一年間、よろしくお願いします」
原谷先生の自己紹介は生徒たちの拍手で迎えられた。私は再びワンテンポ遅れて拍手をした。
「それでは、皆さんにも自己紹介をしていただきます。では、出席番号順に赤松さんから……」
そうして毎年恒例の自己紹介が始まる。今回含め、大抵の場合は五十音順、出席番号順だ。当然私は最後になる。基本的に誰も聞いちゃいないので、気は楽だ。
そうしてぼーっとしているうちに、順番はどんどん進む。
「瀧川ひかりです!中学では女子サッカー部に所属していました!高校でも運動部に入りたいと思ってます!よろしくお願いします!!」
入学式で校長から発せられた睡魔に苦闘していた子だ。起きているときは元気印って感じがする。もしかしたら私のような貧乏人にも優しく接してくれるかもしれない。順番はさらに進む。
「野上栞です。中学では生徒会に所属していました。よろしくお願いします」
深山さんの席が空いていたとき、それを先生に指摘していたキッチリした感じの子だ。
(この子は優しくなさそう。たとえ私がお金持ちの娘だったとしても)
順番はまたさらに進む。
「深山澄河と申します。中学校では茶道部に所属しておりました。よろしくお願いいたします」
深山さんはそう言って恭しく頭を下げた。折り目の正しさでは野上さんに勝るかもしれない。こんな子と私が同じ名前だと言うのだから世の中は分からない。
妙に感心した気持ちになっていると、すぐに私の番が来る。
「えっと、和宮すみかです。中学は帰宅部でした。よろしくお願いします」
私が言い終わらないうちに、級友たちは拍手をくれる。これはちょっと悪い気はしない。
「さて、本日はこれで放課です。明日、学園生活について詳しく説明します。授業は明後日から始まりますので、今日のところはゆっくりお休みになってください。では、さようなら」
こうして私は新生活一日目をなんとか乗りきった。私は長らく置きっぱなしだった重い荷物を背負う。教室を出て、校舎を出る。
だが、行先は駅へ向かう大通りではなく、校舎の裏にある古ぼけた木製の建物だ。
「今日からお世話になります、和宮すみかです」
受付にいたおばさんに自己紹介して、鍵を受け取る。番号は202だ。一階分とはいえ、この重い荷物を背負って上がるのは少々腰が引ける。
さて、お察しの通り、この学園には特徴的なルールが一つある。すなわち全寮制というものだ。明治だか大正だか、女学生だった初代校長がどこぞの外国に留学したとき、留学先の学校が全寮制で、その経験がいたく彼女の人生を啓蒙したらしい。そういうわけで、その教え子たる我々も、半強制的に啓蒙していただくことになったとのことだ。
これから三年間、私は同じ屋根の下、赤の他人と暮らすことになる。だが人間には相性というものがある。寝食を共にするなら尚更だ。その相性が最悪だったとき、私に逃げる選択肢はない。何せここから逃げることは、奨学金がぱあになることを意味するのだ。
私はぜえぜえと息を上げながらもようやく二階に上がって、簡素だが趣のある部屋に辿り着いた。ベッドは部屋の両端に、机と並んで置いてある。この部屋を、私はどこの誰とも知らない人と三年間共有することになるのだ。
重い荷物を床に置くと、古いが清潔なカーペットの下で床板がミシッと音を立てた。重い荷物に垂れ下がっていた胴体を上に伸ばすと、思わず口から声が漏れた。
「あ゛〜っ……」
そのまま髪の毛をボリボリと掻きながら何の気なしに振り返ると、女の子が困った顔で立っていた。
「ご、ごめんなさい。その、覗いてたわけじゃ……」
その女の子は何故か恥ずかしそうに、顔を赤らめてそう言った。一方私の顔は青ざめていく。何しろ恥をかいたのは私の方だ。あの素っ頓狂な唸り声を良家のお嬢様はどう思うのだろうか。部屋に着いて早々気まずい。
「す、すいません。お、お見苦しいところを……」
「い、いえ、全然、その……。あ、あの、和宮さん、ですよね?」
「は、はい。えっと……」
私はこの声に聞き覚えがあった。確か、これで三回目。
「み、深山さん……?」
深山さんは姿勢を正して、再び慇懃に頭を下げた。
「深山澄河と申します。三年間、長い間ではございますが、何卒よろしくお願いいたします」
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