ふたりのスミカ

ゴリ・夢☆CHU♡

第1話

 桜が咲く季節というのは、それすなわち出会いと別れ。

 ひと月前に涙涙の卒業式を終えた私は、次は新たな出会いに向けて歩き出す。具体的には、桜がたんまり舞っていっそ鬱陶しい新しい通学路を、より鬱陶しい重い荷物を背負って歩いている。


 私の名前は和宮すみか。


 今日から名門・私立金鳳花女学院高校の一年生だ。

 きらびやかな名前の通り、歴史ある相当なお嬢様校だ。ただし私はいわゆる中流に位置する家庭の出だ。

 そんな私がこの高校に入ることができた理由は三つ。私が受験勉強を頑張ったこと。勉強の甲斐なくここ以外すべて落ちたこと。ただし、この高校には特待生として学費免除してもらえたこと。

 金鳳花の受験は学力試験と面接がある。学力試験は当日度重なる敗戦に追い詰められて覚醒した頭が冴えに冴えてほぼ満点。面接においてはど中流の庶民である私を珍しがった面接官に、たまに家事を手伝っている話をしたら「なんて良い子なのでしょう」と評価され、「是非とも我が校に」とのことでこの待遇を勝ち取った。

 私の受験戦争は星取表だけ見ると惨敗としか言いようがないが、たったひとつ特大の金星を上げたのだ。


 駅からまっすぐ大通りを歩くと、これからの私の母校が見えてくる。思ったよりもこじんまりした印象だが、歴史は相当古いらしくレンガ造りのその外観にはなにやら趣が感じられる。


 校門には「入学式」と書いた看板が立てかけてあった。

 さあ、覚悟を決めろ、すみか。

 私は鉄柵の戸を開いたままの校門を通り抜けた。


 ☆☆☆


 新入生は一度教室に集められる。

 クラスは各学年にひとつずつしかない。

 一年生の教室は一階にあって、下駄箱から近いので登下校には楽かもしれない。とりあえず一年間、遅刻しそうな日も階段を駆け上がる必要はなさそうだ。

 教室に入ると既に何人かの生徒がいて、早速近い席どうし談笑している人もいるが、基本的には静かなものだった。

 席は出席番号順だ。「和宮」は今まで最後から外れたことがない。窓際の一番後ろ。高校でもここが私の指定席で特等席だ。「隅っこのすみか」というのが、私の中学までのあだ名だった。もしかしたらその忌々しい名前がまた心無いクラスメートに掘り起こされるかもしれない。


 しばらくして、空席もほとんど埋まり、担任らしい若い女性が入ってくる。ただし、私の隣はまだ空いたままだ。初日から遅刻とはなかなかの大物に違いない。


「担任の原谷です。本日は入学おめでとうございます。みなさんお揃いのようですね」


「すみません、隣の方がまだいらしてないようですが」


 空席の反対側の、眼鏡をかけたいかにもちゃんとしてそうな子が、折り目正しく挙手してそう言った。


「ああ、そちらの席は気にしなくて大丈夫です。遅刻というわけではありませんので。では、入学式のため講堂に移動します」


 空席の彼女はどうやらそこまでの大物ではないらしい。私は原谷先生に従って廊下に出た。


 ☆☆☆


「校長先生のお話でした。ありがとうございました」


 周りが拍手したのに気付いて、私も遅れて手を叩く。

 校長先生というのは小学校から高校まで、男女を問わず話が長いみたいだ。ここの校長先生は上品なおばあ様といった感じで、ゆっくりとした話し方が異様に眠気を誘う。

 金鳳花女学院は歴史の古い高校だ。講堂にはアンティークじみた長机と椅子が並んでいる。貧血で倒れたりということはなさそうだが、これからはそのかわり睡魔という敵と戦わなければならない。本当なら頬杖をついてしまいたいところだが、入学早々先生はもちろんやたら立派なナリをした親御さま方に目をつけられたくない。

 とは言え、目の前の席にいる子は船を漕ぐように揺れている。机に突っ伏していないのは、まだ理性が残っている証拠だろう。


「続いて、新入生の挨拶です。一年、深山澄河すみかさん、お願いします」


一瞬、私が呼ばれたのかと思って心臓が跳ねた。当然そんな訳はなく、最前列から壇上に上がったのは、すらりとした綺麗な子だった。


「桜が舞い、春の息吹が感じられる今日この日に、私たちは金鳳花女学院高等学校に入学いたします。本日は私たちのために、このような式を執り行っていただき誠にありがとうございます。新入生を代表し、心よりお礼を申し上げます。

 さて、私たちは――」


 スピーチの内容こそどこででも使える定型文だが、深山さんは綺麗な立ち姿で、おまけに声まで綺麗だった。

 新入生の挨拶という大役を任されるのだから、きっと家柄も、もしかしたら答案用紙も綺麗なのかもしれない。


(もしかして、あの子が隣?)


 先生が「遅刻ではない」と言っていたのは、多分そういうことだ。


(ていうか、みやま?深山……財閥??)


 深山財閥といえば、銀行だの自動車だのいろんな業界で大企業を有する、日本屈指の大財閥だ。もしそのご令嬢があの子なのだとしたら……。


(いやいや、まさか……)


 降って湧いた疑念は露と消えて、短くもまとまった挨拶はつつがなく終わり、また何回かのスピーチの後やがて入学式も終わっていく。気付けば、講堂の窓から少し暖かくなった陽の光がさしていた。


(にしても、あの子が隣……)


 なぜかむず痒くなった気がしたが、私は何事もなかったと信じて席を立った。

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