姫様と魔術士 4
リリーが身支度を整えていると、廊下から話し声が聞こえてきた。
リリーが少しドアを開けて外の様子を見ると。
「もう出発するなんて早すぎます!」
「早いことに越したことはありませんよ・・・リリー様は今、命を狙われている身なのですから」
声を荒らげロズリィに抗議するファウスの姿がそこにはあった。
「なら私も連れて行ってください!お力になるはずです!」
共に戦うと誓ったのだ。だからファウスはリリーについて行くと決めていた。
「王国の騎士である貴方がリリー様に着いてくることをレイクロック王が了承すると思いますか?」
「な、ならば騎士を辞めるまでです!」
ファウスの忠誠心がリリーにも届き、胸が締め付けられる。
「その覚悟は大したものです。ですが、貴方がついてきても私の荷物が増えるだけです・・・ここはお引き取り願いたい」
「な!?」
しかし、ロズリィはその覚悟をあっさりと切り捨てた。
「私は騎士として、多少なりとも自身はあります!対魔術士の心得だって頭に叩き込んであります!」
食い下がる様子が一切ないファウスにロズリィは冷たいため息を吐く。
「その言葉からして、実戦経験はない様ですね・・・良いでしょう、教えてあげます。魔術士が如何にして人を殺すのか」
瞬間、リリーにも分かるような殺気をロズリィはさらけ出した。ファウスも驚きながら手を剣の持ち手へと置いた。
「魔術士は近接戦になると弱いと教わったことはありますか?」
「えぇ、この距離なら貴方が魔術を放つよりも先に斬ることができます」
ファウスとロズリィの間は2m弱といったところだ。これなら剣の方が早いとリリーも思った。
「魔術も日々進歩しているのです。今までの常識はもう古くなっていることをお忘れなく・・・では斬りかかってきてください」
「はい?」
「私は貴方の斬撃を受けることなく貴方を殺せる。それを証明するのです・・・さぁ早く 」
「・・・手は抜きませんよ?」
リリーはその行く末を唾を飲みながら静観した。
ファウスはじっとロズリィを見つめその行動を予測し、一瞬の隙を見逃さなかった。
ファウスは剣を抜き──
ガチッ
「は?抜けない?」
力いっぱいに抜こうと剣に視線を移したファウス。その隙をロズリィは見逃さない。
「はい、これで貴方は死にました」
ロズリィはファウスの頭に手を置きながら敗北の二文字を突きつけた。お前は負けたのだと。
「っ!どんなカラクリを!?」
「魔術士なんだから魔術に決まっているでしょう・・・貴方の剣と鞘を固定していたんですよ、貴方に会った時から」
「こ、こんなの!」
「卑怯だと思いますか?魔術士との戦闘ではこれが起こり得るのですよ?」
「何が言いたいんですか?」
「対人の場合、魔術士の戦闘スタイルは初見殺しです。如何に相手の行動を先読みするか、如何に相手より手数を持っているか、これが重要なんです」
ロズリィが話している内容は理解出来た。
しかし未だに信じられない、ファウスの腕は他でもない自分がよく知っていたから。それが、あんなにあっさりやられるなんて。
いや、今のは戦闘にすらなっていなかった。あれはずっとロズリィの手の中で転がされてただけだ。
「黒魔術士は、今のよりも強力な物を使ってきます。私は剣と鞘でしたが、黒魔術なら貴方自身に魔術をかけるでしょう・・・そして、勝負が始まる時に貴方が苦しみ出す様を見て嘲笑うのです・・・『お前は負けたんだ、もう助かる手段はない』と囁きながら」
今までロズリィは見てきたのだろう。そんな卑劣で悪質な黒魔術士達を。だから今、ファウスにもその厳しさを教えているのだ。
「今の貴方でも普通の魔術士なら対処できるかもしれません。ですが、黒魔術士は魔術士なんかよりも卑劣で巧妙なんですよ・・・無駄死にするだけ、ですからここはお引き取り願いたいのです」
「・・・分かりました、ご指導ありがとございます」
そう言って部屋の前から去るファウス。彼は自分の惨めさを悔やみながら、その手を固く握りこんだ。
◇
「では、参りましょうか」
身支度を済ませたリリーは傷心に浸っている間もなく、直ぐに出発となった。傷心に浸ってる間もない。
国外追放された者は徒歩で1週間以内に国内から出なければならないという法令に習い、リリー達は今から徒歩で王国を出ることになる。
最後にキースから渡された路銀が入った袋を握りしめながらリリーはその足を進めた。
城を出てしまえばそこはもう城下町。
顔を隠す為に茶色のフードを被っているリリーだったが、街の様子が気になって、視線を上へと上げ手見る。そこは、月明かりに照らされているが、いつもリリーが見ていた街と何ら変わりない様子だった。
(明日には噂が広がってしまう可能性もあったし、夜のうちに出て正解だったのかもな)
魔術士であるロズリィが取り繕ってくれたお陰で、レイクロック王国が魔術士協会から何らかの制裁を受けることはないと言われた。
しかし、諸外国の貴族たちもあの場に居たことを考慮すれば、他国からの印象は確実に下がってしまうだろう。
国をもっと良くしようと心から願っていた。
それなのに、国の害となってしまった自分を国民がどう思うのか不安で仕方がない。
「あの時、余はどうすれば良かったのだろう」
口から勝手に言葉が出てしまった。不味いと思い直ぐ取り消そうと思ったが、ロズリィがそれを遮る。
「あれが最善の処置でした。リリー様が気にすることは無いですよ」
優しく声をかけてくれるロズリィ。見た目とは裏腹の回答に戸惑いながらも、彼の優しさに心惹かれるリリーであった。
◇
王城から王都の正門までは約2km。しかし、リリーがこれからの事を考えているのと直ぐに到着したような気がした。
門番にはもう話は行き渡っていたのだろう。手続きはスムーズだった。
手続きの時に門番の何人かから声を掛けられ別れの言葉を貰った。皆良くしてもらった者ばかりだ。
(お父様、感謝致します)
これが、キースからの最後の手向けだろう。しかし、十分だ。目から涙を流しながら、リリーは思い出を甦らせた。
「リリー様!」
そんなリリーに1人の騎士が声をかけてきた。
「・・・ファウス」
リリーが振り返るとそこにはファウスの姿があった。リリーと同じく、ファウスも涙ぐみながらリリーに別れの言葉をかける。
「共に行けず申し訳ございません・・・また出会う時までに、私は強くなります!リリー様と共に戦うために!」
「あぁ!待っているぞ!」
リリーもこれからどうなるか分からない身ではあるが、ファウスに負けないぐらい自分も強くなろうと願いながら握手を交わした。
◇
「では、さらばだ。皆元気でな」
門からリリーは歩き出す。14年間暮らしたこの街に。思いを馳せながら。
暫く歩いたあたりで、リリーは気になっていることをロズリィに尋ねる。
「ロズリィ殿、これから余はどうなる?」
リリーが聞くと、ロズリィは口元に手を当てながら答える。
「さぁ、どうでしょう?今のところ目的地もありませんし」
「え?」
帰っきたのは曖昧な答えだった。
「いやいやいや、本当はあるのであろ?あれだけ先読みしていたのだし、今後の目的ぐらいは余に教えてくれてもよいのだぞ?」
「リリー様は前例などない特異な存在ですので私もこれからどうすべきか悩んでいるのです」
「あれだけ啖呵を切っていたのに!?」
まさかのノープランに、流石のリリーも難色を示す。
「あの時はリリー様を庇う事で精一杯でしたので」
「そもそも何故余を助けたのだ!其方が危ない橋を渡ることは無かったろうに」
あの時は助けられた事への感謝しかなかったが、今となって考えてみるとロズリィがリリーを救う理由はないのだ。
それについてリリーが尋ねるが、ロズリィは何の気なしに答える。
「死刑にされてしまっては実験に使えないじゃないですか」
「は?」
リリーの脳内には最悪の展開が巡った。
「ま、まさか、其方、黒魔術士か!」
ロズリィと距離をとり、リリーは審議を確かめる。
「誤解しないでくださいね、私は善良な魔術士です」
「では何の実験だというのだ!」
実験という言葉を聞いて、怯え気味になっているリリー。それを宥めるようにロズリィは告げる。
「魔術士に等級があるのはご存知ですか?」
「初級とか中級とかの話か?」
魔術士の等級。強さや功績に準じて決められるそれは4段階あり、初級→中級→上級→極天と上がっていく。
「確か、其方は上級魔術士だったな」
「えぇ、その通りです・・・上級までも多くの苦労をかけてきました。しかし、極天に行くには更なる実力や功績が必要となる」
「なるほど、その功績に余の実験結果を提出しようという魂胆か」
「勘が鋭くて助かります。いやはや、こんな特異な存在に会えるとは思わなかったので嬉しい限りです」
助けられたなんてとんでもない、ロズリィは始めから自分を利用しようとしていただけ。1回でも感謝の念を抱いてしまったのが恥ずかしい。
「そんなに心配しないでください。危害を加えるようなことはできるだけ避けますので」
「いたいけな少女の体を探ろうとは、其方なかなかの変態だな」
「え?別にいいじゃないですか、同性同士なんですし」
「いや、そういう問題じゃ、・・・ん?同性?」
ロズリィの言っている意味が理解できない。彼は男としての特徴しかない。肩幅だって、声だって。
「あっ、そういえばまだ素顔を見せていませんでしたね・・・この辺なら人目は無いですし大丈夫そうかな?」
ロズリィは周りを確認し終えると。
『ルーキャン』
そう呟いた瞬間。ロズリィの体と服がみるみるうちに変わっていき、最終的にはリリーと同じくらいの背丈になった。
そして、最後にフードを外したロズリィ。その姿は少女そのもの。
「そ、それが其方の本当の姿なのか?」
月明かりに照らされたロズリィの姿はとても煌びやかだった。
リリーがこれまで見た中でもロズリィは唯一無二の美しさをしていた。
誰もが目を引くであろう白髪をボブカットにしており。左目は髪で隠れているが右目の瞳はアクアマリンの様な透明感のある青色をしていた。
「えぇ、でもあの姿の方が色々と便利ですので、公の場では素顔を隠してるんですよ」
驚きだった。あの有名な歪曲のロズリィの正体が自分と何ら変わらない少女だったなんて。
「し、しかし・・・其方が余を利用しようしてることに違いは無い、其方を殺して余は孤独に生きてやる!」
そう決断して、腰に携えていた剣を抜こうとするリリーであった。
が、しかし
『ロールック』
「くぅ!抜けん!」
ロズリィに魔術をかけられ、ファウスがやられたことと同じような状態になる。
「助けた恩人を殺しにかかろうとしないで貰えますか?」
ロズリィは冷静に宥めようと心がけるが。そんなのリリーにはいざ知らず。
「くっ!剣はダメか、それなら」
それならと右の拳でロズリィに殴りかかるリリー。
が、またしかし
『ロールック』
「な、なに!?」
今度は殴りかかった腕を固定されてしまった。左手で動かそうにもぴくりともしない。
「これで、無駄だと分かりましたか?」
「くっ、確かに其方は強い。だが!其方に利用されるのは真っ平ごめんだ!それならいっそ死んでやる!」
最後の足掻きで、リリーは舌を勢いよく噛みちぎろうした。
が、またまたしかし
『ロールック』
「ん!・・・ん!んー!」
歯で舌を当てた状態で体ごとリリーの体は止まってしまった。正直みっともない姿で動けなくなっているリリー。
「あんまり魔力を無駄遣いさせないでもらいたいんですが」
「ん!んーん!」
「じゃあ、そのまま聞いててくださいね・・・今から大事な話がありますから」
「ん?」
「リリー様は私に利用されるのが嫌。そう仰っていましたね」
「ん」
「ならば、リリー様も私を利用するというのはいかがですか?」
「んー?」
リリーはその意図かわ分からず頭にはてなを掲げる。
「要するに、私から魔術を学べば貴方も私を利用することによってウィンウィンな関係になれる。という訳です」
「んー」
確かに、それならばこちらにも利益がある。とリリーも納得の返事をする。
「リリー様の成長を記録して魔術協会に出す、それだけでも功績になるはず・・・どうですか?死ぬよりもいいと思いません?」
「ん!」
これには流石にリリーも了承せざるを得ない。リリーにとってこれはとてもな魅力的な取引だ。自分が憧れていた魔術を現役の魔術士から習えるのだから。
軽率に決断するべきではなかったのかもないが、魔術という言葉の魅力には勝てるはずもない。ここで躊躇っては元王女としてのプライドが嘆くというものだ。
「では握手を・・・あっ魔術を解除してませんでしたね」
「うっかりしていました!」と付け加えながらロズリィは魔術を唱える。
『ルーキャン』
解除した瞬間にリリーの体は動くことができた。
が、しかし
ザシュっという言葉と共に、リリーは自分の舌を盛大に噛んでしまった。
幸い噛みちぎれることはなかったが、脳に来る痛みは尋常ではなかった。
「いっだぁぁぁぁ」
「あっ、力は籠ったままだから気をつけてください」
「先に言え!」
しばらくの間リリーは悶え苦しんだ。
そして、何とか痛みが収まりだしたタイミングでロズリィから手を伸ばされる。
「改めて、これからよろしくお願いしますねリリー様」
「リリーで良い、その代わり余もロズリィと呼ぶ」
「はい、ではよろしくお願いしますねリリー」
月を後ろに構えながらニコリと笑うロズリィ。同性でありながら一瞬ドキッとしてしまうが、邪な気持ちを振り落とすように首を振り、リリーはロズリィの手を取り立ち上がった。
「さてと、これからどうする?余は其方の案に従うが?」
リリーの問いかけに、ロズリィは頭を悩ませる。
「そうですね・・・とりあえずは国境に向かうとしましょう。国外追放された王女がいつまでも国境内にいるのをレイクロック王は良しとしないでしょうし」
「追放された者の前でそんなこと言うでないわ、無神経にも程があるぞ・・・」
だがロズリィの言っていることは正論だろう。いつまでも引きずったところで過去は変えられない。
それなら、未来を変える方が生産性があるというものだ。
「・・・国境に行くのならまずはリュッセロに行こう。そこがここから1番近い街だ」
その提案を聞いたロズリィは満足そうな笑みを浮かべる。
「では、そこを次の目的地としましょう」
そう言って先を見据えるロズリィ。
同じようにリリーもロズリィの隣に立ち見ると、先には一本道が長く長く続いた。
「さ!時間は待ってくれません、行きますよリリー」
「言われずとも分かっておるわ」
2人はリュッセロに向かうためにその1歩を踏み出す。
リリーはもう振り返らなかった。見失った人生という道は取り戻せない。それを悔やむことも今は必要ないだろう。
なぜなら、リリーはもう新しい道に立っているのだから。
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