姫様と魔術士 3

「まさかあのリリーが嘘をおつきになるなんて、私驚きましたわ」


 貴族の応対が一段落した時、ローズが声をかけてきた。

 パーティの喧騒で隣に座るキースには聞こえてはいないだろうが、それなりのボリュームだ。


「声が大きいわ、もう少し抑えよ」


<それほどに驚いているということですわ、あそこで真実を言った方が致命傷程度で済みましたのに>


<あの場で言ったところで、水晶で確かめられて醜態を晒すだけだ・・・今の余に出来るのは延命処置を施すことしか>


 自分ではもう分かっている。昨日のうちにキースに相談しなかった時点で、もう自分の醜態を晒すことは決まっている。

 だから先伸ばすことしか自分には出来ない。リリーは自分の拳を握りこんだ。


「お可愛そう、もう手の施しようが無いだなんて」


 そんなリリーを嘲笑い、ローズは正面へ向き直った。また貴族が来るのだろう。自分も姿勢を整えて迎えようとした時、階段から何か違和感を覚えた。


(なんだ?急に)


 不思議に思いながら階段を上がる存在を待つ。


 階段を上って来たのは黒のローブを身にまといフードを深々と被った長身の男だった。


(なっ!)


 厳粛な場に礼服もなく、更には王族の前だと言うのにフードを被る。不敬極まりないその人。


<おい、あれは大丈夫なのか?>


 リリーは気になってローズに尋ねるが、ローズは何の気なしに答えた。


<ご存知ないのですの?あの方はファンウェイ様の弟子、ロズリィ様ですわよ>


<な、なんと。あの者が>


 通称、歪曲のロズリィ。

 魔術士として各国を旅しながら多くの功績を挙げた人物。

 しかしその顔はフードに隠され、見た者は1人として居ない。更にはどんな魔術を得意としているのかも分かっていない。そんなミステリアスさが人気を呼び、歪曲のロズリィのファンは急増中だそうだ。

 恐らく隣に立つローズもファンの1人だろう。さっきからロズリィを見る目が物語っている。

 

「レイクロック王よ、この度は師が来れずに申し訳ない」


「代わりに今注目の的である其方が来てくれたのだ、それだけでも我は嬉しく思うぞ。来れなかった曲解殿にもよろしく頼む」


「承りました」


そうして、キースとナタリーにお辞儀をしたロズリィは次にリリーとローズの前に立った。


「御2人とも、この度はおめでとうございます。」


 お辞儀をするロズリィにローズが答える。


「光栄ですわ、この様な場でロズリィ様に会えるなんて」


 ローズは手を差し伸べ、ロズリィと握手を交わした。流れるように隣に座るリリーとも握手をする。


「御2人の今後に幸があらんことを」


 それを別れの言葉となり、ロズリィはお辞儀をして去っていった。

 背が高かったので顔を覗き込めるかとやってみたがやはり顔は見えなかった。


「見た目と違い礼儀正しいお方だな」


「そうですわよ!あのギャップが良いんですわ!」


 我々は初対面だから、恐らくローズが言っているのは噂で聞いた話なのだろう。

 強さもあるのだろうが、ロズリィが厳粛な場でフードを被り続けられるのは、その礼儀正しさのおかげかもしれない。


 それにしても、ファンウェイとは全く似ていないな。と思うリリーなのであった。



 1時間程経っただろうか、キースが立ち上がり手を叩いた。


「これより成魔の儀を始める。では水晶の準備を」


 扉が開き、現れたのは昨日見たものと同じ物だ。


 徐々に近ずいてくる水晶に怯えるリリーだが、時間は待ってくれない。


「さぁ、其方らも用意を」


 階段を下り、水晶を迎える形で立つリリーとローズ。


「楽しみですわねぇ」


 ローズの嫌味事に耳を貸している時間さえ今はない。


「皆わかっていると思うが、この水晶は翳した者の魔力の色を映し出す特別なものだ・・・そして、レイクロックの血が流れる者は煌びやかな赤い光を放つ。今回の儀式では2人連続でそれぞれ違った赤色を映し出してくれるだろう」


 キースの前説が終わり、まずリリーが前へ出る。

 

「ではリリー、翳してくれ」


「はい」


 リリーが水晶の前に立ち両手を翳した。


 しかし、


(やはりダメか・・・)


 何も起こらない。参加者は戸惑い、後ろからはローズのすすり笑いが聞こえてくる。


(頼む!何か起きてくれ!何か!)


 力強く願っても何も起こらない。参加者達もざわめきだしている。リリーは目を瞑り、もっと力を込める。


(誰でもいい!私に力を貸してくれ!)


 そうリリーが願った時だった。


「おい、なんだあれ!」


 驚きの声が上がり、リリーが目を開けると。


「なんだ、これは」


 目の前の水晶は光を通さないほどに黒くなっていた。

 慌ててリリーが手を離すが。


──ピシッピシッ


 やがて水晶は真っ黒のままひびが入った。

 同時に悲鳴が上がり、リリーも驚いて倒れ込んでしまった。


「黒色魔力・・・」


 混乱の中。ある1人の貴族が口にした言葉。


 『黒色魔力』

 それは魔術において禁忌とされているものだ。


 黒色魔力自体にはそこまで触れられた文献は無いが、黒色魔力を使う『黒魔術士』は度々文献で目にした。


 禁忌とされる所以は数知れず。黒魔術士が魔術を使えば多くの人が死に絶えるというのは有名な話だ。中には一国の国を滅ぼした黒魔術士もいたらしい。


 ただ、黒魔術士に関する文献は伝説に近しいものばかりだ。魔術士協会ですらその全貌を把握出来ていない。


 一般常識として分かっていることは、黒魔術士を魔力検査機に触れさせれば水晶が先程のように真っ黒になったこと。


「嘘だろ、あのリリー様が」

「リリー殿下が黒魔術士だと言うのか!」


 リリーに浴びせられる視線は一瞬にして、恐怖や忌避の目に変わった。


「ち、違う!余は、黒魔術士などでは」──「動くなリリー!」


 否定しようと体を動かそうとした時。後ろから怒鳴り声が聞こえた。


 声の主はナタリーだ。

 リリーがナタリーの方へ顔を向けるが、ナタリーは拒絶に近い感情を向けてリリーを叱咤する。


「リリー!どこでその力を手に入れた!」


「よ、余は何も」


「答えられないと言うか!」


「ほ、本当に何も知らないのです!」


 否定するが、ナタリーはリリーの言うこと信じようとしない。

 リリーは助けを求めるためにキースへと顔を向けたが、キースもナタリーと同じような目をリリーに向けていた。


「陛下!もはやリリー殿下は大罪人です!この者に処罰を!」


 宰相も、もはやリリーをリリーと見ていない。

 リリーに黒色魔力が分かった瞬間から、彼女は王女ではなく立派な罪人と成り果てていた。

 魔術規定でも、黒魔術士などの可能性がある者またはそれを支持する者は極刑に近い処罰の対象となることから、もはやリリーに逃れるすべは無いだろう。


「・・・リリー、其方は王国史に泥を塗った。その報いを受けてもらう」


 キースの冷たい目、冷たい言葉を浴び、リリーは目から涙を流し始める。


「第2王女リリー・レイクロックに死刑判決を──」「お待ちください!レイクロック王!」


 キースが判決を下そうとしている最中、待った声が入る。


「歪曲殿・・・」


 キースがその者の名を口にする。そう、声の主は歪曲のロズリィその人であった。 

 ロズリィは群衆の中からリリーへと近づいてくる。


「リリー殿下、お手数ですが両腕を見せていただけませんか?」


「あ、あぁ」


 リリーはドレスの両腕を捲りあげてロズリィに見せる。


「・・・黒魔印はない」


 そう呟きリリーを立たせたロズリィは、戸惑いの表情で固まっているキースを見た。


「レイクロック王。不躾で申し訳ございませんが、リリー殿下の刑を減刑していただけませんか?」


「何?」


 参加者もロズリィの発言に戸惑いの声を上げる。魔術士であるなら魔術規定の項目はしっかり頭に叩き込んでいるはず。


「何か理由があるのか?」


「リリー殿下は恐らく、黒魔術士から魔術をかけられています」


「なんだと?」


 魔術には対象に放つものと、対象に付与するもの二つがある。

 今回ロズリィが言ったのは後者の方だろう。

 しかし、リリーは検討がつかなかった。リリーは黒魔術士なんて人生で1度も会ったことがない。

 

「何故リリー殿下に魔術をかけたのかは分かりかねますが、リリー殿下が黒魔術士という可能性は限りなくゼロに近いでしょう」


 その言葉を聞いたリリーは、少しばかり体にあった重りが外されたような気がした。

 キースもそれを聞いた瞬間に少しだけ穏やかさを取り戻した。


「・・・だが王族に黒色魔力の持つ者が居れば、王国の信用を損なってしまう。その責任はリリーにとって貰わねばならん」


「ならば、追放という形にしていただけませんか?国外追放という形にすれば王族との関係は無くなり、信用もそこまで失うこともないはずです」


 討論に熱くなっているのか、徐々に前へ前へと推し進んでいるロズリィ。


「それに、こうなってしまったリリー殿下を黒魔術士が放っておくとは到底思えません。それなら私の方で保護した方が安全だと思いませんか?」


「・・・其方はそれで良いというのか?魔術協会にも今回の事は報告せねばいかん、そうなれば次は其方に責任が行くことになるぞ?」


「構いません。それぐらいの覚悟は持ち合わせています」


 自信たっぷりな様子のロズリィに気圧されたキース。

 しばらく考えた後、ため息を吐きながらキースはロズリィへ告げる。


「・・・では、第2王女リリー・レイクロックの王位継承権を剥奪すると共に、国外追放とすることをここに宣言する」


 死刑という言葉を聞いた後だと随分マシにに聞こえる判決だ。しかし、王族では無くなったという事実がリリーの心を抉ってくる。


「あとの処理は其方に託すとしよう」


「感謝致します。レイクロック王」


 その後、儀式は中断。パーティもお開きとなった。何故あんなにもロズリィが自分のことを庇ってくれたのか検討もつかない。

 だが、今はそれよりも今後自分はどうなってしまうのだろうという不安に駆られるリリーであった。

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