綿毛の話

ChilL

綿毛

子供が、白くてふわふわしたたんぽぽにふうっと息を吹きかけた。ぽかぽかした春の日、小池のほとりでのことだった。綿毛の姉妹達はそれぞれに笑いながら、風に乗って飛んでいく。そんな中、ひとりが木の新芽に引っかかってしまった。

「やだ、やだ、置いてかないで」

姉妹達はそれに気付かず、笑いながら飛んでいって、もう見えなくなってしまった。木はごめんね、と言いながら身を揺するが、綿毛は取れなかった。

そのうち雨が降り、綿毛は雨水に飲まれながら木から抜け出すことができた。地面は雨のせいで小川のようになって、綿毛はどんどん流されていく。行き着いた先は池で、綿毛はもうだめだと思った。

このまま溺れてしまったら、私は花を咲かせられない。

綿毛は水にぷかぷかと浮かんだまま、自分が腐るのを待っていた。


何日か過ぎ、綿毛はぼうっとしていた。なんだか目の前がぼやぼやして、なんの気力も持てないのだ。

そんな時、急に体が飛んだ。

「なに、なに、どうしたの!」

綿毛は叫びながら辺りを見渡すと、ぼやぼやした大きなカエルが目に入った。綿毛はカエルにくっついて、カエルと一緒に飛び上がっていたのだ。

池から出られた喜びで舞い上がっていると、カエルの行先に水溜まりがあることに気付いた。

「もう水はイヤ!誰か助けて!」

「私につかまって」

そう声がして、綿毛はツルに絡め取られた。カエルは水溜まりにちゃぽんと入り、その飛沫で綿毛はまた濡れてしまった。

「あなたをずっと見ていたけど、災難だったね。しばらく私のところで体を乾かして、風が吹いたら飛んでいけばいいさ」

「でももうどこかに行くのは怖いの。だから怖くなくなるまでここにいさせて」

ツルはいいとも、と言うと、体を少しずつ動かして綿毛の居やすい空間を作ってくれた。綿毛はありがとうと言ってそこに座ってから、ようやくツルの姿を見た。

ツルはぐるぐると何かに絡みついていた。よく見ると、その何かは同じ植物だ。茎は太いのにあまり元気がなく、水気があまりない。

「ツルさん、この植物は一体誰なの」

ツルは少し戸惑ったように「多年草のおばあさんだよ、枯れかけなんだ」と答えた。


綿毛とツルと多年草は、ずっと一緒にいた。色とりどりの花が枯れても、セミが鳴いても、辺りがオレンジ色の枯葉だらけになっても、一緒にいた。

「このままずっと一緒にいられたらいいな」

綿毛は毎日そう言っていた。

ある夜、ツルは体の1部が痛くて飛び起きた。綿毛のいるすぐそばの所だ。虫がついていて、ツルをかじっていたので、ツルは必死に体をくねらせて振り払おうとした。そのせいか、虫はツルをかじって開けた穴の中に入ってしまった。

揺れで綿毛が起きて「どうしたの」と尋ねるが、ツルは「なんでもない」と返すことしかできなかった。

虫が入ってしまったところは、日に日に腫れてコブのようになっていった。綿毛のいるところまでぎゅうぎゅうに腫れているので、綿毛はちょっと苦しそうだった。

「私は大丈夫だよ。あなたほどは痛くないから」

綿毛はそう言いながら笑っていた。


ある日、綿毛の声がしなくなった。コブが大きくなりすぎたのだ。

綿毛は、潰れてしまった。

ツルは悲しんだ。自分は命を奪うことしかできないのかと、自分を責め続けた。

「多年草のおばあさん、私は、あなたの命を使って生きてきて、結局綿毛の命を奪ってしまった。もう、私は何も奪いたくないから、だから、死なせてくれ」

ツルは多年草の栄養を奪って生きてきた。多年草は弱ってもう声も出せない状態だったが、ツルは確かに多年草がそうしてくれる気がした。


霜がかすかに降る冬の初め、多年草とツルは枯れていた。ツルのコブからは、白い毛が少しだけ出ていた。

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