第28話



 一度駅中に戻ろうと言う時だった。

 最悪のタイミングでゲリラ豪雨に見舞われた。

 成嶋なるしまさんは荷物がロクに入らないタイプの鞄しか持っておらず。当然折り畳み傘の一本すら入っていなかった。

 当然俺は鞄すら持っていない訳で……


「今日降るなんて言ってたっけ?」


「降水確率10パーセントもなかったハズ……」 


「まあ最近、急に天気が変わるものね……」


 慌てて雨を避けられる駅に逃げ込んだのだが間に合わなかった。

 鈍い鉛色の雲が見渡す限り空一面を覆い尽くしていて、風に煽られた雨がざばざばと雨音を立てている。

 ゲリラ豪雨と言う奴だろうか? 見える限り表の道路をから人気を感じない。


「はあ、ずぶ濡れね……そっちは大丈夫?」


「雨に濡れただけだから……スマホも生きてる」


 洋服はあの数分で水を吸い切ったのか袖や裾からぽたぽたと垂れている。

 スニーカーも中敷きまで水浸しでぐちゅぐちゅだ。

 いくら春先と言えどこのままでは風邪を引きそうだ。


「はあ……ストレス発散するつもりだったのにとんだ邪魔が入ったわ」


「文字通り水を差されたな」


「……む」


「冗談、冗談このままじゃ風邪を引きそうだ。どこか着替えるようなところは……」


 ラブホテルやビジネスホテルが思いついたが要らぬ邪推を受けたい訳ではないから一瞬黙る。


「シャワー室付きの漫画喫茶とかあるけど、でもそうすると着替えが……あ! 今日買った俺の服で良ければあるぞ……」


「流石に悪いわよ。それに服を着替えるにしてもコインランドリーで乾かすにしても家に帰った方が早いわ」


「確かに……」


「多分ゲリラ豪雨だし、もう少ししたら弱くなるわよ」


 曇天の空を眺めるが弱くなる気配はない。


「弱くなるかなぁ……」


「さっきまで雨で濡れて冷たかったのに、体温で温まってきたあげく、張り付いて気持ち悪い……」


 成嶋なるしまさんは雨で張り付いた服の胸元を引っ張る。

 スタイル抜群の成嶋なるしまさんと言えども女の子。流石に俺の方が身長は高く、意図せず上から覗き込むような状態に成ってしまい胸の谷間が見えてしまう。


「~~~ッ! ちょっと何してるんですか!?」


「なにって言った通りだけど……あ! し、真堂しんどうくんあなたねぇ!」


「すまん!」


「はあ……いいの。相手が真堂しんどうくんとは言え男性の前で無防備になった私が悪いわ」  


「ごめん。お詫びと言っては何だけど、ウチに来るならシャワーと着替え、あと帰りに傘くらいは貸すけど……」


「確かにここでじっとしていても風邪を引くだけだものね。提案を受け入れましょう」



………

……



「ただいま」


「お、お邪魔しまっす」


 駅から程近い我が家に到着すると成嶋なるしまさんは緊張しつつ玄関で靴を脱ぐ。

 彼女見たいな人間でも緊張するのかと内心考えているとあることに気が付いた。


 痴漢から助けた同クラの友人で雨に濡れたとはいえ、普通彼氏でもない男の家に上がり込むことはよほどないと思う。


陰キャだから知らんけど……


 でも襲われないor襲われてもいいと信用されていると思うと嬉しくなる。


 そんなに長い時間洋服を持っている訳でもないのに持ち手が食い込んで指が痛い。

 玄関の床に荷物を下ろす。


「先風呂入って来いよ」


「悪いわよ」


「女の子に風邪を引かせる方が精神衛生上良くない」


「そういうことなら……」


 リビングに入った成嶋なるしまさんは物珍しそうにキョロキョロと頭を動かす。

 成嶋なるしまさんはまるで借りて来た猫のように静かだ。


「昨日張った湯でよければだけど、シャワーだけじゃなくて風呂に入って身体の芯まで温まった方がいいぞ?」


「ありがとう。そうさせてもらうわ」


 ザアアアアア……。

 シャワーヘッドから暖かいお湯が吹き出す。水滴は乙女の玉のような肌に当たって弾け、ボディーラインをなぞるようにして下へ下へと垂れていく。


「暖かい……」


 雨で身体の芯から冷えた体には、人肌より少し暖かい程度のシャワーでも酷く熱く感じる。

 他人のそれも男の子の家に上がり込むにことになろうとは、つい数時間前の私には想像もつかなかった事だろう。

 日本人離れしたメリハリのある流線型の身体、特に同年代と比較しても一際大きな胸にシャワー当てて物思いに耽る。


真堂しんどうくんには助けられてばかりだ。


 痴漢の件もそうだし、女子達からやや浮いている私と食事を一緒に取ってくれてあまつさえ、痴漢に怯えることがないように登下校の時間を合わせてくれる。


 そんな優しい人を私は自分の父親しかしらない。


 真堂しんどうくんはどうして私に優しいのだろう? そう考えるだけで胸がチクリと痛む。


「きっと誰にでも優しいんだろうな……」


 シャワーを浴びていると邪念が混じる。

 邪念を振り払うために体を洗い流そうと考える。


「……少し申し訳ないけど妹ちゃんのシャンプーとメイク落とし借りようかな……」


 シャンプーに手を伸ばす……すると脱衣所で声がした。

 一瞬、心臓がドキンと跳ねた。

 声の主は真堂しんどうくんのようだ。

 そんなことはないと理解しているのに、ほんの一瞬だけ優しい真堂しんどうくん疑ってしまった。


「タオルと着替え……申し訳ないんだけど俺の中学時代の体操服しかサイズ合いそうなのないんだ……」


「妹さんのも無理そうなの?」


 気が利く真堂しんどうくんにしては珍しいと思った。


「ああ……何と言うか背も低いし胸元も苦しいと思う……」


 とても言い辛そうに真堂しんどうくんそう言った。

 中学生か小学生だもん、確かにこの胸は入らないだろう。


「ああ……なるほどね……下着は乾燥させなくていいからそのためにコンビニに寄ったんだし……もし我慢できないなら見るだけならいいけど……」


 いつものようにからかうような口調で、罪悪感を薄めるためにそんな言葉を吐いた。


「しないよそんなこと……」


「どうだか……すりガラス越しだとシルエットまでしか見えないから洗濯してるのか洋服を漁ってるのか見分けが付かないし……」


 信じている。

 信じてるからこそこんな軽口が叩ける。


成嶋なるしまさんはどうしても俺を変態にしたいんだな」


 これ以上肉を目の前にしたライオンを挑発するのはやめよう。


「……そう言う訳じゃないけど。ありがとう」


「別にどうってことはないよ。遠慮せずにゆっくり入ってよ俺はもう着替えたし……」


 早くあがろうと思っていたが真堂しんどうくんは着替えて済ませたようだ。

 やっぱり真堂しんどうくんはいい人だ。

 真堂しんどうくんも寒いだろうに……


「そういうことなら……遠慮なく……」


 一通り体を洗い終えると、真堂しんどうくんが持って来てくれた。タオルとシュシュ(恐らくお母さんか妹さんのもの)で髪を湯舟に付けないように纏める湯舟に浸かる。

 一軒家ということもあってか、浴室は広く平気で脚を伸ばせるぐらいに湯舟も広い。


「はあ……なにやってるんだろう私……」


 肩まで湯舟に浸かった状態からゆっくりと湯舟に滑り込み、鼻まで湯舟に付ける。


 今週は本当に色々な事があった。

 痴漢に遭ったと思ったら、不良として有名な真堂しんどうくんに助けられたと思ったら、一緒にご飯食べたり登下校したり遊びに行ったり……


 真堂しんどうくんにお世話になってばかりで、恩返しらしい恩返しなんて何も出来ていない。

 与えられてばかりでいる現状が不安になる。

 例えば真堂しんどうくんが下心あって優しくしてくれているのなら理解できる。だけど真堂しんどうくんからはそう言った下心を感じられない。


 もちろん他の男の子のように、胸や足に視線を向けたりはする。

 胸が当たった時には鼻の下を伸ばしたりもしていた。

 だけど何かこう

 

 私はこんなに心を開いているのに、真堂しんどうくんは優しいだけで心は開いてくれていない。

 ああ、ほんと、面倒臭い自分の性格が嫌になる。

 

「忘れよ……」


 私は気分を変えるために、潜水し長湯するのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る