あと5分②

 やっぱり5分なんてだ。

 でもこんな風に時間を区切らないと、私は迷うばかりで何にも決められないから。

 ふとそこまで考えて……胸の奥に小さな違和感を覚える。

 何だろう、これ。


「なぁ美代子。お前の優柔不断さにつけ込んで、押せばイケるって思ったのは認めるよ」

 和博が、アイスコーヒーストローで乱暴にかき回してからそれを抜くと、グラスを傾けて中身をグイッと煽った。

 グラスの底からポタポタと落ちた水滴が、さぞや彼のズボンを濡らしているだろう。

 冷たくない? 大丈夫?

 そんなことを思ってしまって、私には関係ない、とそっと視線を逸らす。


 砂時計の残量は後少し。残り1分切ったんじゃないかな。

 早く横倒しにして立ち上がらなきゃ。


「けど、ずっと一緒にいれば、いつかお前の気持ちも傾くかなって。俺の方に傾いたまま固まってくれるかなって。都合よく期待してたんだけど――。無理だったか」


 泣きそうに微かな笑みを浮かべる和博を見て、胸がちくりと痛む。


「ごめんなさい」

 つぶやいて頭を下げてから、いよいよ今度こそ砂時計を横に倒して立ち上がらないと、って気持ちが急いた。


 もう数十秒で砂は落ち切ってしまう。

 あと5分って、何て短いんだろう。


 私、もう少し和博とちゃんと向き合いたいのに。


 そう思って、ハッとした。


 私――。


***


 途端グラリと世界が揺れて、「お待たせしました」という声とともに、目の前にアイスコーヒーがふたつ置かれた。


 〝リセット――〟。


 砂時計は最初の時同様、片側に全て砂を落としきった状態で立っていて。

 でも多分、砂が満たされているフラスコが、初回とは逆のはず。


 私はそれをもう1度ひっくり返そうとして、横倒しにした所ではたと手を止めた。


 そのまま机に寝かせて置いてから、

「和博、私、貴方と……」

 言いかけた所で、和博がアイスコーヒーを一口飲んで、私を見つめてくる。


「あれ? 美代子、ピアスは?」

 ドキッとした。

「あ、あのっ、ちょっと……」

 言ってから、何てすれば?と心臓がバクバク跳ねた。


 久遠くおんさんは砂が落ち切ったら、再度同じ時間を繰り返すって言っていたけれど、どうも違う気がする。

 別れたい、と告げる前まで時間は戻ってしまったようだけど……その後の流れは違っているような――。

 それに少なからずホッとしている自分がいることに、私は気付いてしまった。


「ある所が分かってるんならいいよ。――で、俺とどうしたいの?」


 柔らかく微笑まれて、私は慌てて言葉を探す。


「ひ、久しぶりにゆっくり話しながらデートがしたいなって思うんだけど、どうかな?」


 面白いアンティークショップを見つけたの。そこに私、ピアスを預けているから……一緒に取りに行ってもらえないかな?


 横倒しにしたままの砂時計を横目に、私は結露に覆われ始めたアイスコーヒーを手元に引き寄せる。

 ハンカチをグラスの底に当てて、水滴が落ちないようにして中身を吸い上げてから、和博を見つめる。


「珍しいね。美代子から俺を誘ってくれるなんて」

 和博が嬉しそうに微笑むのを見て、私は胸がトクン、と高鳴ったのを感じた。


 あと5分はもう存在しない。

 でもあの5分間のお陰で、私は5年間かけても掴めなかった自分の本心に気付けた。

 

「和博、私、貴方と……これからもずっと一緒にいたい」


 消え入りそうな声音で恐る恐るそう告げたら、「俺も」って声が返ってきた。


 今までとは違う、和博との時間が動き出した予感がして、私は砂時計を握りしめた。



   END(2020/07/25-7/31)

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落ち切るまでに断ち切って 鷹槻れん @randeed

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