かけて、其れ切り

鷹槻れん

帰り道①

 私の家は校区内でもかなり端っこ。

 自宅から学校までは三キロ近い道のりがあって、それを毎日往復しなくちゃいけない。

 暑い時期は本当にしんどくて、持参した水筒の中身なんてすぐに空っぽになってしまう。

 そんなとき、私たち長距離登下校組には秘策がある。



 ここのお店は店番がご主人の時は外にある立水栓たちすいせんから水を飲むことを快諾かいだくしてくれる。


 こっちのお宅は、最初お庭のガーデニング水栓からお水を飲ませてくれていたけれど、最近はおばあちゃんが家の中に上げてくれて、お菓子や冷たい麦茶を振舞ってくれる。代わりに私たちはその日学校であったことを聞かせてあげたり、おばあちゃんのお話を聞かせてもらったり、お互いに目一杯お茶会の時間を楽しむことが出来る。



 通学路のあちこちに見つけた様々な給水スポットは、私たち遠方登下校組にとって、なくてはならないライフライン。

 上級生から教えてもらったり、または友達同士であそこは水を飲ませてくれるだの、あそこのお家は近づかないほうがいい、だのそんな情報のネットワークが、自然と出来ていた。


 いつもは一緒に帰る、幼なじみで同級生の直子ちゃんが、今日は体調を崩して早退してしまった。

 お隣の三年二組の教室に行って、初めてそのことを知った私は、仕方なく一人で帰ることにした。


 常ならば直子ちゃんと談笑しながら帰る道のりを、トボトボと歩く。

 あんまりにも寂しかったので、ランドセルに取り付けたお気に入りのウサギのマスコットを外して、手に握りしめる。


 家まであとちょっとのところで、ふと見慣れない路地の存在に気が付いた。

(こんな道、あったっけ?)

 記憶を手繰たぐり寄せてみても、全然ピンとこない……そんな景色。

(いつもはお喋りに夢中で気づかなかっただけかも?)

 九月ともなれば、幾分涼しくなってきて、真夏の日みたいに水を求めてあちこち寄り道しなくなる。


 それに、今日は一人ぼっち……。


 私はその小道に興味を覚えつつも、立ち止まって逡巡しゅんじゅんする。

(行ってみる? それとも素通りする――?)

 恐らく後者が賢明だ。


 そう思いつつも、後ろ髪を引かれる思いでそこを通り過ぎようとしたら、小路の先のほうに、外国にあったら似合いそうな雰囲気の、袖看板そでかんばんが見えた。

 目を凝らしてみると、先日習ったばかりのローマ字が見えて――。


 私はその看板に引っ張られるように、通学路からほんのちょっぴり外れたそこへ、足を踏み入れていた。


 近くまで行って、看板を見上げると、

「アンティクエ・ショップ ゆげんや?」

 そこに書かれた文字を、声に出して読んでみる。でも発してみたそれは、何だかしっくりこなかった。


 と、看板下のドアが開いて、中からとても綺麗な女性が姿を現した。

 長い黒髪を後ろでひとつに束ねた彼女は、

「いらっしゃいませ」

 そう言って、ふうわり微笑んだ。


 淡いピンクのブラウスに、黒いシフォン素材のロングスカート。その上にカフェの店員さんみたいな、ブラウンの胸当てエプロン。

 何のお店かは分からないけれど、ここの店員さんかな?

 そう、思った。


「あ、こ……こんにちは」

 私もつられるように彼女に笑顔で挨拶を返すと、

「あの、これ、“アンティクエショップ ゆげんや”って読むんで合ってますか?」

 頭上の看板を指し示しながら尋ねる。眼前の女性が、とても優しそうに見えたから――。聞いたら答えてくれるかな?と思った。


「ああ、それはね、“アンティークショップ ゆうげんや”って読むの……」

 どうやらローマ字ではなくて、英語で書かれているらしい。


 私は彼女の言葉に恥ずかしくなって、思わずうつむいた。無意識に、手の中のマスコットをギュッと握りしめる。


「お嬢さんは今、何年生?」

 そんな私に、彼女が優しく問いかけてくる。


「さ、三年生です……」

 視線を下に向けたまま、消え入りそうなくらい小さな声で答えると、彼女が「じゃあ、まだ英語は読めなくても問題ないわ」と、静かな声音でつぶやいた。


「せっかくだから、中、少し覗いてみない? ――あなたにぴったりの可愛い物があるのよ?」

 付け加えるようにそう言って、彼女は御伽噺おとぎばなしに出てきそうな、可愛らしい木の扉を開けてくれた。

 

 それと同時に店内からふんわりと、甘い香りとともに、外気よりいくらか涼しい空気が漂ってきて、私は思わず店内に目を向ける。

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