帰り道②

「ウサギはお好き?」

 ふらふらと吸い寄せられるようにお店に足を踏み入れると、店員さんが奥の方から何かを取り出しながらそう問いかけてくる。

 私は握りしめたままのウサギのマスコットを見つめながら、これを見て言っているのかな?と思った。


「これ、なんだけどね……」


 ゴトリ……と存外重々しい音を立てて、近くにあったテーブルの上に黒いものが載せられる。


 見ると、三羽のウサギが丸い輪っかを支えるようにして持っている置物のようなもので――。

 鉄で出来ているみたいで、恐る恐る触れてみると、ひんやりとした手触りと、金物特有の鉄臭さが漂った。


「何だか分かるからしら?」

 問われたので、素直に首を横に振る。さっきみたいに間違ったことを言って恥ずかしい思いをするよりは、最初から知らないと認めてしまった方がいいに決まっている。


 ふるふると首を振る私を見て、彼女が優しく微笑んで教えてくれた。

「これはね、五徳ごとくっていうの。火鉢なんかに入れて、下に炭火をおこしてからこの丸いところに薬缶やかんなんかを載せるの」


 言われてみれば、家のガスコンロのそう呼ばれている部位に似ている気がした。


「あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。わたくし、ここユウゲンヤの店主をしています、クオンサクラコと申します」


 食い入るようにくだん五徳ごとくを――というよりそれを支える三羽のウサギたちを――見つめていたら、とても美麗な筆致で『幽現屋ゆうげんや 久遠くおん桜子さくらこ』としたためられた、可愛らしいウサギの絵柄の便箋びんせんを差し出された。


「あ、わた、私は松本ひかりです」

 不意を突かれて驚きながら、私は胸につけた名札を裏返しながら、それを指差して答える。

 私の学校の名札は、安全ピンの下の部分がクルクルと回るようになっていて、先生方から登下校中は裏返しにして名前を隠すように指導されている。


「ひかりちゃん、それ、気に入った?」

 桜子さんにそう問いかけられて、私は戸惑いながらも、気がつくと小さくうなずいていた。

 さっきからずっと握りしめたままのお気に入りのマスコットのウサギと、五徳を支えるウサギたちがどこか似ているように見えて……とても親近感を覚えてしまったから。


「あ、あのっ。でも私、お金持ってないので……買うのは無理でっ」


 気に入った?と聞かれて何の躊躇ちゅうちょもなく首肯しゅこうしてしまったことで、桜子さくらこさんから物欲しそうに見られてしまうのは何だか恥ずかしいなと思ってしまった。


「お代はいいのよ。ほら、退屈していたところにひかりちゃんが遊びにきてくれたお礼」


 ふうわり微笑んでこちらに五徳ごとくをツ……と押しる桜子さんに、私は慌てて首を横にふる。


「そ、そんなっ。受け取れません!」


 言いながら半歩後ずさったら、桜子さんがしばし逡巡しゅんじゅんするような素振りを見せる。


 そんな桜子さんの視線が、私が振り回す手の方に、ふと吸い寄せられて止まった。


「――?」

 キョトンとしてそんな彼女を見返したら、

「だったら……ひかりちゃんが今手に持っているマスコットと、これ。取り替えっこしない?」


 まぶしいくらいの笑顔で、そう提案された。

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