第4話 ディスタンス

 エレラが王都に来て数日後から武闘会の予選が始まった。


 エレラは、去年の実績から予選は免除されているので出場しなくても良いのだが、戦う事に真摯で際限無く強さを求めている彼女にとって、他の出場者の業前には興味が尽きない。

 従って今日も観覧席の最前席に張り付き、予選出場者の一挙手一投足を観察し、自分の業に何をかを取り込めないものかと、眼と頭を精一杯働かせていた。


「う~ん、今の決め業はもうちょっと出す時機を考えれば、必殺技にも成り得ると思うんだけどなぁ。

 業の前後の繋げ方が難しいのか、溜めがいるからかなぁ。 」


 等と、偉そうに予選出場者にダメ出しをしていて、割りと目立っていた。

 それでも、自分では到底出来ない事を上から目線で解説している素人さんの存在っていうのは古今で枚挙に暇がないから、彼女の周りで観戦していた人達の視線も生暖かいものになっているのも自然な事であった。


 何にせよ、エレラは武闘会を予選から十分に満喫していたので、彼女の周囲において怪しい事件等が表面化しなかったのは、誰に取っても大変幸運な事であった。

 まあ、裏ではアレやコレやの厄介事が起きていようが、エレラの知るところでありさえしなければ、押し並べて世は事も無しなのである。


 そして今日も予選を余すこと無く堪能したエレラ。

 気持ちも軽く、意気揚々と宿屋へと帰る途中で小腹が空いたから、王都の出店で定番の何の肉かも分からない串焼きを買って、齧り付く事にした。


 ところでエレラは何でも好き嫌い無く食べられる良い子だが、その量に関しては手加減は一切しない事にしている。

 彼女は身体が資本なんだから当たり前だ。

 ただし、買う量は絶対に食べられる限界を超えない事にも徹底していた。

 食べ物を残す事は、その分他の人の食料を奪っているのと変わらないからだ。


 エレラはひもじい思いをしている人を放っては置けないが、全ての人を救える訳ではないという事も分かっていて、今の自分に出来る範囲だけでもしてあげたいと思っている、優しくも厳しい良い子だった。


 そんな感じで値段や味などには微塵も拘らずに、手当たり次第に栄養面だけに気を遣って色々と買っていくエレラ。

 見方によっては、美味しい出店だけを選んでいるようにも伺えたが実際はそうではなく、周りにいて釣られて購入した人達の大勢が騙されたと感じていた。

 お祭りでは良くある事だ。皆も騙されてはいけない。


 エレラは宿に帰って、買ってきた食料をを食べて早目に就寝する。

 彼女が王都に来てから決まったローテーションだ。

 特に変わった事が起きなければ、大体同じ事の繰り返しだ。

 その方が体調の維持や、周りの状況の変化を掴み易いからだが、そこに大きな落とし穴が隠されている事に、エレラはまだ気付いていなかった。


 次の日も朝早くから起きて、日課の朝練を行ってから闘技場に予選を見に行くエレラ。

 夕方まで気を張って予選を見てから、出店で晩ごはんを買って宿に戻りそれを食べて早目に寝る。


 エレラは良い子なので、大体晩の九時頃に寝たら翌朝の五時頃まで八時間就寝する。

 それが一番、身体の調子が良くなる寝方なのを経験で分かっていたからだ。


 その晩も同じように寝たが、昼間の予選観戦時にいつもは余り使わない頭脳を、連日目一杯まで酷使してきた為か眠りが深くなっていた。

 だから真夜中の十二時に王都中に鐘が鳴り響いて、緊急事態を告げていた事にも全く気付けなかった。


 現代医学で言うと、ちょうどその時にノンレム睡眠の深度三に差し掛かっていて、そのせいで意識が戻らなかったのだ。


 エレラが翌朝になって状況を知った時には、全てが終わっていた。

 その時知らされた内容が以下の通りだ。


 その晩、王都には魔獣の大群が襲い掛かって来ていた。

 緊急事態を告げる鐘は、長時間鳴らしても魔獣を刺激するだけだとして、早々に止められていた。

 そのせいでエレラは気付けず翌朝まで熟睡していたのだ。


 宿屋の位置も悪かった。

 騒動は王都の外縁部、主に貧民街で起きており、中心部にあるエレラの泊まっている場所からは距離が遠すぎたのだ。

 宿屋に他の客が居なかった事と、そこが高級宿だった事も関係あるだろう。

 ちょっとした事で騒ぐ落ち着きの無い小市民の客が他に居たらそいつが朝までざわついていて、それに気付いてエレラも起きていたに違いない。

 偶然高級宿に泊まっていたお陰で、そこで働いていた従業員の質が良く、お客様に余計な心配を掛けまいと気を遣って、静かに魔獣対策を行っていたという経緯もある。


 エレラが助けに加わらなくても、魔獣の襲撃による一般人の被害は、思ったよりも少なかった。

 その大きな理由は、武闘会に出る為に王都に集まって来ていた腕に覚えがあるもの達が、予選敗退の鬱憤ばらしに大暴れしたからなのは、言わなくても分かるだろう。


 ともあれ、いつもなら事件解決と一緒に周囲に大破壊をもたらすエレラが、今回の事には首を突っ込んで来なかったのは不幸中の幸いと言えるのかもしれない。


 ちなみに不幸にも命を落とした武術家の中に、去年エレラに土を付けた若者が含まれていた事は、誰にも知られなかった。

 彼の死は、助けられた貧民街の孤児だけが記憶するのみで、再会を望んでいたエレラには終生伝わらなかった。


 魔獣の襲撃の影響で延期された武闘会だが、襲撃の犠牲になった者達の慰霊の意味も有り、その後無事に開催された。

 優勝は圧倒的な強さを誇ったエレラだったが、その顔に笑顔は一度も見られなかったという。


 序章 完


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Sin.D.Erella  ~Dの罪のエレラ~ 序章 さんご @sango0305

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画