第3話 ディマンド

 エレラと荷馬車の旅はそれなりに順調に過ぎ、とうとう王都の城壁が見える位置にまでやって来た。

 途中何度か魔獣の襲撃が有りはしたが、エレラがハエを追っ払うように手を振るだけで済ませていたので、二人にとっては大した事でもなかった。


 街道の緩い丘を登りきったところで目に飛び込んで来た光景は、何度見てもエレラを感動させるものだった。

 王都を囲っている城壁は高くてすごく頑丈そうだし、綺麗に積み上げられている石組は荘厳さをも表していた。

 その高い城壁の向こうには更に高い尖塔と、小さな丘の上に建つ立派な王城が窺える。


 尖塔には王都中に時を知らせる鐘が吊るされており、それは朝と昼と夜に三回ずつ、朝と昼の中間と昼と夜の中間に一回ずつ鳴らされている。

 鐘が鳴らされるのは、基本的に人が起きている時間帯に限られているから、真夜中の十二時になんかには決して鳴ったりはしない。

 そんな事をしたら王都の住民の安眠妨害になって、しまいには訴えられるだろう。

 もしそれでも鐘が鳴ったんだとしたら、その時は王都に非常事態が起きている事を知らせるものに違いない。


 なんていう鐘のうんちく話は置いておいて、一年ぶりに見た王都は前に来た時と少しも変わった所がないようにも思えたが、王都の外では随分と趣が違っていた。

 それは城壁の外に広がる背の低い建物群で、いわゆる貧民街とでも呼ばれているものだ。


 普通の感性の人が見れば戸惑うだろう格好をした住民達が住んでいるのを見ても、エレラは特別なにかを思う訳でもなかった。

 エレラは人を外見では判断しない、心の清い子だったからだ。


 ただし、悪い行いを目にした時の反応は凄まじい物があるのだが、幸いな事に小さな村ではそんな事は滅多に起きなかったし、エレラはなんでも良い方に物事を解釈する、良かった探しの達人でもあったお陰で、周囲の人達にはその本性がそんなに知られずに済んでいる。


 襤褸を着た人達からのジトッとした視線を受けながら、荷馬車と一緒に貧民街を抜けて王都の城壁にある門に辿り着いたエレラ。


 彼女は前年の武闘会に出場した経歴が残っていたのですんなりと入門許可が下りたが、荷馬車のおじさんは色々と調べられても、まだ当分許可が下りるような雰囲気ではなかった。


 エレラは良い子なので、おじさんに援護射撃を行ってあげた。


「このブ……おじさんは荷馬車の荷台を見ての通り、カボチャが大好きなカボチャおじさんです! カボチャ好きな人に悪い人はいません! 」


 良く分からない理論を展開して、荷馬車のおじさんを擁護するエレラ。

 最終的には身元保証人まで引き受けてしまった。


 年端もいかぬ少女と言えども、前回の武闘会上位陣の信用度は半端ないからなのだが、エレラはそんな事とは露知らず自分の説得に効果があったと思い込んでしまった。

 エレラは素直で自信過剰な良い子だったからだ。


 王都に入れたおじさんは、思わぬ出会い運に神様に感謝したが、もちろんそんなに都合の良い神様なんてものは存在していない。

 ただの偶然に助けられただけなので、こういった事はもう二度と起こらないだろう。


 エレラとおじさんは宿泊予定の宿屋のランクが違っているのでここでお別れになる。

 しかし身元保証人的にそれで良いのかと心配に思う向きもあるかもしれないが、彼女はそんな細かい事については微塵も気にしていなかった。

 エレラは海のように心の広い、おおらかで良い子だったからだ。


 一人になったエレラは、去年も泊まった宿屋にアポ無しで押し掛けたが、宿屋には宿泊客が他に一人も居らず、最高級上客として大歓迎された。

 この宿屋に他の客がいなかった理由にはついては色々とあるが、その一つに一年前の出来事が関係していたりするのだが、エレラは過去を振り返ったりしない潔い良い子だから、特になにも思わなかった。


 ところでこの宿屋、王都の中心を占める広場に面していて、立地的にも言うまでもない高級店であり、平時ならば宿泊客には事欠かない繁盛ぶりだったりする。

 まあ今はその事は取り敢えず置いておこう。


 最上階の一番広い部屋に格安料金で泊まれる事になったエレラ。

 見晴らしの良い窓に近付いて外に目を向けると、王都名物の尖塔が目の前に有って、思ったよりも景色が堪能できなかった。

 あの塔って本当は邪魔なんじゃないかしらと、ちょっと撤去したい気分になったりもしたが、勝手にやると怒られそうなので我慢する良い子のエレラ。


 彼女は世間の理不尽にいつも我慢している一般人に代わって力を行使する事には、一切の躊躇も感じない奉仕の心を持った良い子であるから、良く他人の頼みを簡単に引き受けていた。

 もしここで、あの塔前から邪魔なんですとか愚痴られていたら、王都の景観は大分スッキリした物になっていただろう。


 エレラは、宿屋には寝る以外の用は特に無いので出掛けてみる事にした。

 食事の内容とかには別に拘りは無くなんでも食べられるて、栄養が有りさえすれば味はどうでも良いという嗜好の持ち主なので、実家でも安く済むと重宝されている。


 エレラに取って興味が有るのは武力方面の事だけで、お金を使う理由の大半はそちらに片寄っていて、得てしてそういう事に対する費用の方が高額だったりもする。

 そういった関係から見ても、エレラは得難い素質を有するお得で安上がりな良い子だった。


 王都の街に繰り出したエレラだが、特にこれと言った目的地が有る訳ではなかった。

 強いて言えば、揉め事の有りかが目的地か。


 エレラは困っている人が見過ごせない善意の押し売りが大好きな、優しくて傲慢な良い子だった。

 ただし、王都の門を出てまでそれを行おうとは思っていなかった。

 今はちょっとだけ、つまみ食いがしてみたいだけの時間しか無かったからだ。

 エレラの予定としては大々的にやるのは、武闘会が終わって暇になってからにしようとなんとなく考えていたせいでもある。


 まあそんなつもりで街をブラブラしてみたが、そうそう都合の良い揉め事なんて物が転がっている筈もなかったのでスゴスゴと宿屋に引き上げたエレラだった。






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