第2話 ディフェンド

 エレラの父は村役場の軍事組織関連の部署に勤めていて、役職はヒラではないがそう高くもない中間管理職だ。

 現在は国の反対側方面にある村に、単身赴任で出向している。


 若い頃は武術を納めてブイブイ言わせていたが、エレラが生まれてからは生活の安定を求めて、役所勤めを始めたという経緯がある。

 エレラの母親、つまり自身の妻が病気で急死してしまった時は酷く落ち込んだりもしたが、エレラのあどけない寝顔を見て再び立ち上がる事を決意した男気のある奴でもある。


 しかし、役所勤めというのは難儀なもので、上司から後妻を取れと再三詰め寄られて、仕方なくその上司の妹のコブ付き出戻り女と再婚することになってしまった。

 そして、再婚後直ぐに今の出向先へと追いやられて、現在もそのまんまの状況だったりする。


 そんな様子だったから、エレラは幼い頃に両親から注がれる筈の愛情をあまり感じずに育ったが、それとは別に祖母とは良い関係を築いていた。

 だがその祖母の実態はと言えば、国でも片手の指でも収まらない豪の者だったのだ。

 幼いエレラが、それに感化されない訳があり得なかったのは、言うまでもない事だろう。

 そして、その状況が現在にまで至っている。


 そのエレラについてだが、祖母である戦女から見ても、国内でも上位に入る程にまでの成長著しい状態にある。

 それもこの一年での飛躍具合は半端ない。

 まるで成長限界を突破してしまったかの様に、現在も更に成長し続けている。

 このままでは一体どこまで強くなってしまうのかと、戦女から見てもそら恐ろしいものがある程だ。


 今度開催される武闘会で、エレラは多分優勝するだろう。

 それも苦もない感じで成し遂げ、周りにいる者は誰も自分に敵わない程度の弱者しか存在していないという事実を、否応なく突き付けられることになるだろう。


 そうなったら、エレラの心はどうなるだろうか。

 傲慢になるか、虚しくなるか、怠惰になるか、怒りにのまれるか。

 兎に角、ろくな事にはならないだろうことだけは想像できる。

 戦女は今後のエレラがどうなろうとも、その行く末に寄り添ってやろうと決意していた。


 その心配をされている方のエレラだが、そんな感じになっている事など露知らず、武闘会の開催地の王都に向かって、意気揚々と歩み続けている最中だった。


「う~ん、良い天気だね~。

 こんな日は洗濯物も良く乾くから、本当はお洗濯をしたいんだけどな~、残念。」


 などといつもの調子で、街道をあっちこっちへと寄り道しながら進んでいた。

 そんな時ふと前方を見てみると、集団のワイルドウルフが一両の荷馬車の周りを取り囲み、今にも襲い掛かろうとしているのを発見した。

 エレラは暢気にその現場まで歩みより、一言声を掛けた。


「こらー、ワンちゃん達ー。 お馬さんとブタ?さんを食べるのはやめなさーい! でないと怒りますよー! 」


 エレラは優しい少女だから、ワイルドウルフに対しても毎回一度は忠告することにしているのだ。

 だが忠告を聞いてくれた事は、今までに一度もないけれど。


 無造作にウルフの集団に近付いていくエレラに、彼等もはじめは警戒する態度を示していたが、若い一匹が我慢出来ずに彼女に突っ掛かって行った。


 ウルフは獰猛に牙を剥き、エレラを蹂躙しようと飛び掛かったのだが、彼女が「コラッ」と言って軽く手を振るうと、手の当たったウルフの方は「ポ――ン」と軽い感じで撥ね飛ばされて、遠くの方で落下してゴロゴロと転がった後、それきり動かなくなった。


 それを見た他のウルフ達はというと、しばらく動きを止めてエレラの方を凝視していたと思ったら、全頭尻尾を丸めてスゴスゴと去っていった。


「お嬢さん、助けていただいて有り難うございました! もうこのまま死ぬかと思いましたよ! あと私は太っているけど、ブタじゃありませんから! 」


 荷馬車の御者席に居たブタ?さんが、エレラにお礼を言ってきた。

 なんかブタ?さんは否定していたが、エレラは騙されない。賢い少女なのだ。


「ところで、お嬢さんはどこまで行くんだい? 」


「私は王都に行って、武闘会に出るの!」


 エレラは素直な少女だから、正直になんでもしゃべる良い子だ。

 それを聞いた御者は、ニコリと笑いエレラに提案する。


「私も武闘会の横で開催される自由市で、店を開こうと思って向かっているんだ。 だから良ければ私と一緒に行かないかい? そうすれば助けてくれたお礼に毎回食事を提供するよ! 」


「まあ! 食事が頂けるのはうれしいです! ぜひ一緒に行きましょう! 」


 色好い返事が聞けた御者は、後ろに振り向くとエレラに見えない感じでニヤリと笑みを浮かべた。

 やっぱり御者は、ブタ?だったようだ。

 それに気付かなかったエレラはご機嫌で、荷馬車と一緒に王都に向かって歩き出した。


「ところで、ブ……おじさんは市で何を売るつもりなの? 」


 エレラは良い子だから、忖度することも忘れない。(頭が)良い子だからね。


「おっ、よくぞ聞いてくれたね。 今年はカボチャが美味しく出来たから、これを売る事にしたんだよ。」


 そう言って、荷馬車の荷台に満載のカボチャを披露する、ブおじさん。

 だが、それに苦言を呈するエレラ。


「ちょっと! おじさん! それはダメだよ! 」


「うん? 何がだい? 」


 一体何が悪いのか要領を得ないおじさんが、エレラに聞き返すと詳しく説明される。


「もっとリスクを分散しないと! カボチャが思ったよりも売れなかったりしたら最悪だよ! おじさんは零細企業なんだから、もっと色々な野菜を満遍なく用意しないと足元を掬われるよ! 」


 エレラは、零細企業の経営に対しては実直で、指摘も的確だった。

 殿様商売が通用するほど、王都の市場が簡単ではないという事もよく知っていたのだ。


「オ、オゥ。 忠告をありがとう。 」


 御者のおじさんは、エレラに感謝して礼を言っていた。

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