Sin.D.Erella  ~Dの罪のエレラ~ 序章

さんご

第1話 その少女エレラ

 むかしむかし、遠くの小さい国の小さい村に【エレラ】という少女がいた。

 エレラは大層可愛らしく、そしてだった。

 今日も継母に命じられるまま、何時もの家事をしながらの鍛練には余念がない。

 現在行っているのは、暖炉用の薪を用意する為の、斧を使っての薪割り修行だ。


「フンッ! フンッ! 今日も朝から健康で! 修行を行えるのもお義母様のお陰だわ!

 毎日特訓メニューを考えて用意してくれるなんて! 幾ら感謝してもしたりないわね!

 フンッ! フンッ! 」


 そしてエレラは、死んだ実母から受け継いだ感謝の心を忘れない、素直で優しい娘でもあった。


 彼女が修行していると、そこへ二人の義姉達が通り掛かり、ついでとばかりにエレラに声を掛けていく。


「今日も相変わらずで元気そうね。その調子で家の事は、全てあなたにお任せするわ。 」


「エレラのお陰で、私達も色々と外で動きやすくて助かってるのよ。そのまま続けてちょうだいね。 」


「はい! 分かりました! お義姉様達も御武運を! 」


 エレラの返答に少し小首を傾げながら、二人はそこを離れていった。


「フンッ! そう言えば最近!

 周辺の治安も悪くなってきていると言うし!

 もしお義母様達に何かあってもいけないから!

 警備も厳重にして置かないといけないわね!

 フンッ! 」


 エレラは、家の周囲に侵入者撃退用の罠を追加しようと心に決めた。


「よしっ! 薪もこれで十分でしょっ! 今度は草刈りね! 頑張ろう! 」


 死神が持っているような大きな草刈鎌を振り回しながら、庭に向かっていく。

 エレラの意気は益々高まっていくが、それには理由がある。


 近年、国では治安の悪化に関係してか、武力の向上に力を入れているようで、国営武闘会を毎年開催していた。

 そしてその開催日が、段々と近付いてきているのだ。

 エレラは、それに出場し優勝するのが夢で、その為に日々頑張っているのだった。


 彼女の両親が出会ったのも武闘会が切っ掛けだったと、母から生前に聞いていて、そんな展開にも憧れがあったりした。

 それに、去年対戦して惜敗したあの男の子との再戦をはたして、次こそは目に物を見せてやろうという、淡い想いを胸に秘めていたりもする。


 まあ、そんな感じでエレラが身体を鍛えていると、裏口の戸を開けて戦女せんにょが庭に入って来た。(仙女ではない。けっして間違ってはいけない。)


「よう! エレラ! 今日も頑張っているな! 」


 この戦女、エレラの名付け親で、彼女の両親の師匠であり、当然彼女の師匠でもある。

(この戦女の年齢の事は考えてはいけない。命が無くなる。)


「師匠! おはようございます! 」


 今はお昼過ぎである。けっして早くはない。業界用語だ。


「今日はどういったご用ですか? 週一の稽古日じゃないですよね? 」


「オウ! 今日は出来上がったばかりの道着を持って来てやったぞ!

 武闘会に向けて、お前も早く着慣れて置きたいだろうと思ってな! 」


 戦女は持ってきた包みを開いて、真新しい道着を広げてエレラに見せつけた。

 道着は橙色で、左胸と背中に丸で囲ったマークが縫い付けてあった。

 丸の中には漢字で縦に【戦女】と書いてあったが、エレラには全く読めなかった。

 しかし、師匠に授けられた道着に感激していた彼女にとっては、そんな事はどうでも良いことなのだ。


「師匠! ありがとうございます! 早速明日から着ようと思います! 」


「うん? 今日からじゃないのか? 」


「ハイ! 今日は部屋に飾って、ずっと見ています! 」


「ハハハ! そうか! 好きにしな!

 後、道着の仕立て代金は次の稽古料に含んでおくから、金額を間違えんなよ! 」


 戦女はそう言い残して、庭を去っていった。


 ――――――――――――


 あれから数日後、戦女との稽古の日。

 その最後に、戦女がエレラに対して話があると呼び止めた。


「エレラ、とうとう武闘会が迫ってきたな。 」


「ハイ、師匠! すごく楽しみです! 」


「そうか……、そう言えば武器はそのガントレットを使うのか?

 もう随分と長い間使ってるよな、それ。 」


「ええ、そうですね。 そろそろ買い換えても良いとも思うんですが、人気が無いからか代わりの良いのが見つからなくって。 」


「そ、そうか。 だったら、これを使ってみないか? 」


 そう言って、戦女は横に置いてあった箱から一対のガントレットを取り出して、それをエレラに手渡した。

 エレラが渡されたそのガントレットを良く見てみると、それは透き通った硝子で出来ていて、とてもキラキラと輝いていた。


「うわぁ、スゴく綺麗ですけど、これってば観賞用とかじゃないんですか?

 実戦に使ったら、直ぐに壊れちゃいそうに見えるんですけど。 」


「その点は大丈夫だ。 それは希少金属のアダマンタイトが混ぜられた特別製で、滅多に壊れることはない一品だ。 」


「そうなんですか。 でもそういうのって、スッゴくお高いんじゃないですか?

 折角ですが、残念ながら懐具合が寂しいので、私なんかでは到底買えませんね。 」


「いや、これは私からお前への卒業祝だ。

 私も、もう年だ。 弟子もお前が最後だろう。

 そしてお前は、私の弟子の中では最高傑作だ!

 お前にはその強さをいつまでも発揮できるように、最高の武器を使ってもらいたいと用意した!

 だから、私の誇りの為にも遠慮無く受け取っておくれ! 」


 師匠のいつになく真剣な話ぶりに静かに聞いていたエレラだったが、話を聞き終わるとその目には涙が溢れんばかりに溜まっていた。


「師匠! いえ、お婆様! 有り難く頂戴致します! 」


 エレラは思い余って師匠、いや自分の実の祖母に泣きながら抱き付いていた。


「このお馬鹿! その呼び方で呼ぶんじゃない! 」


 師匠改め婆さんも孫娘の肩を抱きながら、涙していた。

 暫くして抱き合っている事に照れた婆さんが身体を離してエレラに言う。


「エレラ。 早速それの着け心地を試しておくれ。 」


 エレラも気恥ずかしかったのか、元気に返事をする。


「はい! 師匠! 」


 いそいそとガントレットを着けてみたエレラ。

 するとそれは自分にあつらえた様にピッタリと手に馴染んだ。

 それもそうだろう。

 婆さんが以前にガントレットの修理を請け負った時、サイズ等を鍛冶屋に測らせていたお陰だ。


「うわあ、凄く調子良いです! 」


 エレラは大喜びであった。


「そうか、そうか。 」


 婆さんもニッコニコである。


 二人の笑顔で、ここだけ春の日向の様な陽気になっていた。






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