幽現屋②

「それで、先ほどのお話の続きなんですけれど……」


 彼女はそう言って僕に背を向けると、奥の棚からアンティーク風のオイルランプを手に取った。


 それは油壺の部分だけではなく、炎を覆うしずく型のホヤのガラスまでもが透き通るようなマリンブルーで……。手のひらに載るほどの小型サイズながら、とても上品で存在感のある品物だった。


「これなんて如何いかがでしょう?」


 彼女が手にした、美しいテーブルランプの造形美に見惚みとれていた僕は、久遠くおんさんにそう問いかけられて、ハッとする。


「え? でも……」


 確か彼女は涼しくなれるグッズを勧めてくれると言っていなかったか?


 ランプは明かりを灯すものであって、涼を求めるときに使う道具ではないような……。


「信じていただけるかどうか分からないのですけれど……」


 僕の疑問をすぐに察したらしく、久遠さんが口許くちもとに淡い微笑をたたえながら口を開く。


「こちらのランプ、灯すと部屋の温度がグッと下がるんです」

 一瞬、彼女の言葉の意味が理解できなくて、僕は止まってしまう。

 つむがれた言葉の意味を理解してからも、頭の中は疑問符だらけで。


 からかわれたのかと思って久遠くおんさんを見つめてみたけれど、彼女は至極しごく真面目に見えた。


「あ、あの……それはどういう?」

 結局、散々考えて、僕は素直にそう聞いていた。


「百聞は一見にしかずですわ。今ここで試してご覧にいれましょう」


 そう言うと、彼女は油壺をオイルで満たし、

「オイルが染み込むまでほんの少しおきます」

 言って、二分ぐらい放置した。

 それからホヤを外して横のシリンダーを少し回すと、オイルの染み込んだ芯を気持ち長めに出す。マッチをってそこに火を灯すと、シリンダーを回して炎の調節をしてから、ホヤを元通りに戻した。


 店内の照明はもともと暗めだったからか、明かりを消さなくても色付きガラスのホヤ越し、青い炎がゆらゆらと揺らめく様が良く見えた。


 と、ホヤを被せて全てのセッティングが終わったと同時に、室内の温度が急激に下がり始め――。

 元々エアコンが効いていたこともあって、僕はゾクリと身体を震わせると、思わず両腕を撫でさすった。二の腕には、寒さからくる鳥肌が立っていた。


「ね? 言った通りでしょう?」


 僕の反応を見て満足そうに微笑むと、久遠くおんさんはシリンダーを回して芯を慎重に引っ込める。


「余り引っ込めすぎると芯が油壺の中に落ちてしまいますのでこの作業は慎重に。それから……使用中や使用直後はホヤの部分、とても熱くなっていますので火傷しないように気をつけてくださいね」


 何やら説明が既に持ち帰ること前提になっているような?


 久遠さんの物言いが気になった僕だったけれど、実際はこの不思議なランプが欲しくて堪らないと思うようになっていた。


「お幾ら……なんでしょうか?」


 アンティーク風で、油壺の部分には手の込んだ細工が施されている。さぞや値が張るんだろうな。


 部屋にエアコンのひとつも取り付けられないような僕だ。さすがに一万円以上と言われたら手が出せない。


 恐らくそれ以上の価値があるんだろうと思いながらも、聞かずにはいられなかった。


御代おだいりません。このランプが、笹山ささやま様と帰りたがっていますので」


 が、僕の予想に反して、久遠さんはそう言って微笑んだ。


「……それに、だってほら、使ってしまいましたし……」


 ランプを手に僕を見つめると、にっこり微笑む。


 いや、そういう問題ではないだろう。


 彼女の茫洋ぼうようとした掴みどころのない表情を見つめて、僕は心底戸惑った。それに、ランプが、僕と帰りたがっているという台詞も気になった。


「もしも無料タダ、では笹山様のお気が済まれないとおっしゃるのでしたら……そうですね。こちらの専用のオイルを一緒に買ってくださいな。一リットル入りで千六百円です」


 彼女の手にしたボトルが、パチャリ……と小さな水音を立てる。


 僕はその音に押されるように、思わず「はい」とうなずいていた。

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