第7話 森の王様

 ジンユェとミンシャの心配をよそに、フェイの生活はゆったりとした時間が流れていた。その日は約束通り、ルイと共に屋敷からそう遠くない場所へ繰り出していた。川を渡る必要があるときや道が少し険しいときには、ルイが龍の姿となりフェイを運んでくれた。


「姿を変えるとき、目を覆うのを忘れるんじゃないよ」

「はい。あのときはとても眩しいですものね」

「そうだ。人の子は目がつぶれてしまう」

「目が……気を付けます」

「私も気を付ける」


 変化のときに目を閉じ覆うのにも慣れてきたが、忘れないようにしないととフェイは思った。


「今日はどちらに行くのですか?」

「特に決めてはいない。一番近い妖精たちのところにでも行こうかと思っているが」

「妖精たちも、ひとところに集まり住むところがあるのですか?」

「彼らは基本的に集団で生活している。うちにいるのもそうだし、割と場所を決めているものが多いな。群れで各地を転々としていものたちもいるがね。これから行くところのやつらは、少しフェイには騒がしいかもしれないな」

「騒がしい?」

「ちと、元気がよすぎる」


 自分にとって騒がしい妖精たちというものの想像がついていなかったフェイだったが、目的地についてすぐそれを理解することとなる。


「やあ、いらっしゃいルイ様」

「わ、わ! ルイ様、ごきげんよう」

「ルイ様がきたー!」

「ふむ、邪魔するよ」


 黄色や白色のかわいらしい花がたくさん咲く花畑に住む妖精たちは、ルイの姿を見ると一同にはしゃぎだした。屋敷の周りにぽわぽわと光って浮かんでいるものたちとは違い、花びらのような姿の妖精たちはいっせいにぺちゃくちゃとおしゃべりをしている。

 愛らしい花々と妖精たちに囲まれてながらもいつも通り淡々としているルイが、なんだかフェイには少しかわいらしく見えてしまう。


「あら、ルイ様、その子はだぁれ?」

「ほんとうだ、見たことがない子」

「はじめまして、こんにちはー!」

「こ、こんにちは」

「わあ、声までかわいらしい!」


 妖精たちは言葉を返す暇もなく口々にしゃべりだす。ルイが騒がしいかもしれないと言っていたのがフェイは少し理解できた。こんなにも早口でたくさんの声が聞こえる環境に居たことがないので、フェイは少し慌ただしい気持ちになった。


「私の妻だよ」

「つま! ルイ様のおよめさんってことね!」

「あら、あらあら!」


 ルイが妻と紹介するやいなや、それまででもじゅうぶんにはしゃいでいた妖精たちがより元気になりフェイの周りを飛び回る。


「かわいいわ、とってもかわいらしい子」

「ふたりは結婚しているのね、とってもすてき」

「結婚してるってことは、もうくちづけはしたの?」

「ばかね、してるにきまってるじゃない」

「あら、でもこの子っておとこのこじゃない?」

「つがいなんだから、こうびをするのよ」

「ねえねえ、ルイ様はやさしい?」


「え、ええと……」

 妖精たちの無邪気かつ明け透けな質問攻めに恥ずかしそうに頬を染めるフェイ。妖精たちは好き勝手に次々としゃべりたいことをしゃべるので、フェイでなくてもこのペースについていくことは難しい。


「こら、なんでも不躾に問いただすものではないよ。フェイは繊細なのだから」

「わあ、ごめんなさい」

「そうね、わたしたちおしゃべりしすぎちゃった」

「いいえ、いいんですよ」

「すまないなフェイ、こやつらはこのあたり一帯で一番のおしゃべりなんだ」

「ふふふ。少し驚きましたが、とても愛らしい方たちとお話できて嬉しいです」

「あらあら、愛らしいだなんて、うふふ」


 フェイに褒められた妖精たちは嬉しそうにひらひらと舞い踊り、けれどすぐに何やら他の楽しいことを見つけたらしく集まっていたほとんどは少し離れたところへ飛んで行ってしまった。


「何か困りごとなどはないか?」

「そうそう、ルイ様。この前お花畑に珍しくオオカミがやってきてしまってね、あのあたりが荒らされてしまったの」

「それはいけないね。どれ、連れて行っておくれ」

「もちろんです」


 残った妖精たちにルイが聞くと、妖精たちは大きなことから小さなことまでルイに相談事を話し始める。ルイはそのひとつひとつを真剣な面持ちで聞き、ああしたらいいんじゃないかとか、こうしようといった解決方法を指南していた。フェイはその姿を少し離れた後ろから見つめている。


「フェイ、待たせたね。次へ行こう」

「はい」


 花畑の次は森の中へ、洞窟へ、湖へと妖精や動物たちの住まう場所を回っては同じように困りごとがないかを訊ねていた。


「フェイ、退屈していないかい」

「いいえ、とても楽しいです。ルイはすごいですね。人に例えられることなど無礼かもしれませんが、ルイは森の王様みたいです」

「森の王様? なんだいそれは」

「はい。昔読んだ物語に、ある森を治めている王様がいて。その王様は森のきつねや樹木、くるみや虫、それぞれの大きな悩みやとっても小さな言い争いまでなんでも真剣に問題に取り組んで、そして解決してくれるんです」

「それは確かに、私のようだね」

「そうなんです。子供向けのお話なのですが、どんなに自分とは無関係で些末なことに思える問題でも、真剣に向き合えば必ず自分の身に返ってくるものがあるという教えのためのものです。私はそのお話が好きで、その教えは今もとても大切なことだと思っています」

「人は面白いね。物語で教訓を伝えるのか」


 ルイは人のことに詳しいようでいて、あまりよく知らない。特にここ数十年でできた文化や風習などについては何も知らないと言ってもいい。国同士が争いをやめて平和な世になってからは急激に色々なことが変わった。物語を綴った本などは娯楽であり、すっかり龍と人が別々に暮らし始めてから生まれた文化だった。


「さて、そろそろ戻ろう」

「はい」


 たくさんの場所を巡って、もうすぐ日が暮れてしまう。ルイはまたフェイを背に乗せて屋敷へと戻った。

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