第8話 もしも愛があるならば
その晩、いつものように同じ寝台で眠るのにフェイはやけに緊張してしまった。間違いなく、昼間妖精たちに夫婦間のことをあれこれと訊ねられたからだ。ふたりはかたちの上では夫婦といえど、それらしいことをしているわけでもないし、愛し合っているというわけでもない。
「どうした? 眠らないのか」
寝台のある部屋で少し考えこみ立ったままだったフェイを不思議に思い、ルイは背中側から声をかける。フェイは思わずその声にさえびくりとしてしまう。
「あ、すみません……その、少し緊張してしまって」
「緊張?」
「……今日、たくさんの方にルイは私を妻だと紹介してくださいましたが、私は、その……夫婦らしいことは何も、できていないなと」
「ああ……」
「そもそも、私は男ですし……ルイは、人を妻として、そういう…ことを、するのでしょうか」
「人を抱いたことはある」
「私とも、するのですか?」
「……フェイがそのつもりであるなら」
ルイがそう言うと、フェイの頬がかあっと赤く染まる。ルイはこれまでそういう素振りは見せなかったし、妻といえど自分は男だし、そうするつもりはないのかと思っていた。
「怖いか?」
「わかりません。私はそういう経験がありませんから」
「そうか、そうだよな」
「でも、ルイは……ルイであれば、こわくありません」
ルイのほうも、フェイの熱にあてられてなんだか落ち着かない気持ちになっていた。ルイは、フェイはひとり部屋に閉じ込められて育った割にはいつでもにこにこと笑い、何事も進んでやりたがり知りたがる貪欲であり生真面目なところを好ましく思っていた。まさかこういったことにもその生真面目さが発揮されるとは思っていなかったが、フェイなりに妻という立場を全うしようと考えたのだろう。
その健気さが、愛おしくも感じるように思う。ルイにも恋心はある。ただそれがフェイに向くのはあまり予想していなかった。けれど、こんなにもまっすぐに見つめられながら、経験もないのにルイであれば怖くないなどと言う。
「……フェイ、」
「はい」
ルイがその赤く染まった頬に指先で触れると、フェイはぴくりと身をほんの少し跳ねさせる。
「……ふふ、怯えているじゃないか」
「す、すみません。急に意識したら、恥ずかしくなってしまって……」
するりとそのまま頬を撫でると、いつもはさらりとしている肌に汗をかいているのがわかる。とっぷりと濃い桃色に染まった頬は熱くなっている。しかしフェイはそんな様子でも、どこか落ち着いていた。
フェイ自身もそれは不思議だったけれど、よくよく考えてみれば一度は本気で死を覚悟した身なのだから、それ以上のことはないと頭のどこかで思えているのかもしれないとぼんやりと考えた。
「……フェイ、おいで」
「……はい」
ルイはそのまま手をフェイの後ろ首にまわして優しく引き寄せた。近づいたフェイの目をじっと見つめると、きゅっと目を閉じた。
「……ん、」
触れた唇は震えていた。こんな場面で聞くのは不躾だから聞けないが、もしかしたらフェイはくちづけさえも初めてなのかもしれないとルイは思った。
「フェイ、からだに触れるよ」
「はい……っ」
フェイの衣服を緩め、素肌に触れる。ルイの手は人のそれよりもひやりと冷たく、濡れているわけでもないのにまるで舐められているかのようにしっとりと吸いつく感触がある。
ただでさえ他人に触れられることに慣れていないフェイは、その不思議な感覚に身体を跳ねさせる。フェイの初心な反応にルイはたまらなくなる。
「……ん、ん……っ」
「フェイ、かわいいね」
「はずかし、です……」
「恥ずかしいことは何もない。フェイはどうなってもかわいいよ」
ルイの急な甘い態度に戸惑うフェイ。かわいいだなんて、これまで言われたことがなかった。
「あっ、そこは……」
「だめか?」
「き、きたないです」
「汚くなんてないよ」
ルイの愛撫はどんどんと深くなり、フェイの性器や尻にまで及ぶ。性の知識もあまりなく、男同士での行為のことなど何も知らないフェイは、ただ身を任せるしかない。
「ぁ……ん、ん……っ」
「きもちいいか?」
まだ誰も触れたことのなかった陰茎を手でこすりあげると、腰が抜けるような快感が走る。不慣れなそこは敏感に反応を示し、濡れた音を立てはじめた。
フェイはルイの問いにこくこくと頷く。初めての感覚に、フェイは背筋がぞくぞくとするような快感を味わっている。
「こえ、恥ずかしい……」
「大丈夫だから……もっと聞かせなさい」
ルイの愛撫はさらにフェイの秘蕾にまで及ぶ。フェイはひどく驚いたが、もはや身を丸めてすべてを任せるしかできない。
「……っ、ルイ……ルイ……」
「フェイ、大丈夫……こわくないよ」
「……ふ、ぅ……こわくは、ありません……」
「ふふ。そうか、ならば恥ずかしいだけか?」
「はい……う、ん………」
「何も恥ずかしくないよ。フェイは何もしていても、どんな姿でも美しくて、かわいい」
「とうてい、しんじられません……あっ……!」
控えめなのにどこか頑固なフェイに、ルイはつい笑ってしまう。
どこまでも愛らしい妻に、ゆっくりと傷つけぬように自らのからだの一部を繋ぎ合わせる。深く沈むその感覚は愛おしい存在に自分を溶かし染めていくようで、夢見心地でいて、官能的だとルイは思う。
かつてこんなにも胸が高鳴る行為があっただろうかと頭を過るが、今は何も考えずにフェイの身体のあたたかさを感じていたかった。
「……フェイ、フェイ。私のかわいい妻……」
「あ、あ……ルイ……」
荒い呼吸を繰り返しながら、ルイの名を懸命に呼ぶフェイ。これが痛みなのか、快楽なのか、今のフェイにはうまく判断がつかない。
ただフェイの身体じゅうにくちづけて、かわいい、かわいいと何度も零す龍の夫は、きっと自分の気を良くさせようと言っているのではないのだろうとフェイにもわかる。
この結婚に愛があるのかなんて考えたことがなかった。
フェイはそもそも恋すらもどういうものかわからないけれど、もし愛があるのなら、この夜のことを言うのかもしれないと思った。
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