第12話

       12


 高陽会との関係について?

 彼女から聞けばいい。知ってるはずだ。

 いっとくが、黒い交際じゃないぞ。


     * * *


 これで、わかったことがある。

 高陽会元組長・高木虎雄は、信用できない。

 倉田哲人に命を狙われていることは本当かもしれない。その部分は演技ではなかった。だが、それは倉田を陥れたからではない。それでは話のつじつまが合わない。

 むしろ倉田と高陽会は、骨の髄まで密接な関係にあった。おそらく高陽会が関西系の広域暴力団にのみこまれることなく独立性をたもっていられた背景には、倉田の存在があった。

 高陽会のバックには大物がいて、そのための裏仕事をしていたのが倉田哲人だ。

 だが倉田はいま、高木虎雄を抹殺しようとしている。それは復讐ではなく、だれかに依頼をうけたからだ。

 裏社会の動向に詳しいわけではないが、考えれば、おのずとこの結論にたどりつく。

 倉田を動かしているのは、かつて高陽会のバックにいた大物だ。

 どういうわけかその大物は、高木虎雄をはじめとした、かつての関係者を消そうとしている。つまり倉田の裁判に関係した裁判官、検察官、弁護士、逮捕した警察官は、みな大物の子飼いだったということだ。

 それは、どういうことになるのか……。

 そのなかで、渉にも関係している人物がいる。検察官の藤堂武彦だ。考えを飛躍させると、藤堂を介して、その大物と渉もつながっていることになる。

 そうなってくると、倉田の問題は、渉の問題でもある。

(大袈裟か)

 自虐的に渉は思った。

 いまは、とある駅前通りに立っている。

 昨夜、高木虎雄と面会した雑居ビルから一番の最寄り駅だ。

 ある人物の到着を待っていた。

 会いたいと連絡していたわけではない。そもそも、むこうの連絡先は知らないのだ。

 だが、すぐに会えるという確信はあった。

 雑踏のなかから、《長い舌ロングタン》が姿をあらわした。

「なにかご用ですか?」

 むこうも、渉が会いたがっていることを察している。だから出てきた。そしてそれは、つねにこちらを監視していることを物語っている。

「倉田哲人の後ろには、だれがいる?」

「それを私が答えると思っているのですか?」

 思っていない。

 思っていないが、この男がそう口にしたことで、だいたいの絵図を頭のなかに描くことができた。

「あんたも、その黒幕の指示で動いている。高木虎雄は、そのことを知っているのか?」

「……」

 この男も、わざとそれをほのめかすつもりで言ったのだ。

「あんたの黒幕は、かつて飼っていた人間を消そうとしている。倉田の裁判にかかわった人間たちだ」

「おもしろいことを言う」

「そして、おれを巻き込んだことも、その黒幕の思惑だ」

 高木虎雄が、どこまでそれを知っているのか……。

「あのオヤジに、おれに護衛を頼めとそそのかしたのは、おまえか?」

「人聞きの悪い表現だ。私は、一番腕の立つ人間を雇ったほうがいいと進言したまでだ」

「あんたは、高木虎雄をどうしたんいんだ?」

 倉田哲人とこの男が、同じ人間の思惑で動いているとしたら、当然この二人の行動は相反するものにはならない。

 倉田が高木虎雄を狙っているのなら、この《長い舌》も、それに協力するはずだ。だが解せないのは、もしそうだとしたら、そもそも倉田ではなく、この男がやればすむことだ。

 そのことを伝えると、

「私の役割ではないということだよ」

 彼は、なかば渉の言うことを肯定するような発言をした。

「じゃあ、あんたの役割は、高木虎雄を利用して、おれを巻き込むことだな。目的はなんだ?」

 倉田を使って消すつもりなら、なんの脈絡もなく行動をおこすほうがいいにきまっている。倉田が殺し屋だとわかったいまなら、やられはしない自信があった。

「目的など、とんでもない」

 もとより、この男が真相を語るなど考えていない。急務の危険になりうるか、その反応で判断したかったのだ。

「本当に守っていいんだな?」

「もちろん」

《長い舌》は、屈託なく即答した。

 信じられはしないが、いますぐこの男がなにかを仕掛けてくるような思惑は感じない。

「で、用件はすんだかな?」

「いや、まだだ」

 渉は、去っていこうとした彼を呼び止めた。

「なにかな?」

「あんたや倉田の後ろにだれがいるのか知らないが、目障りだと思ったら、潰すよ」

「おう、怖い怖い」

 どこかおどけたように、《長い舌》は応じていた。

「冗談だと思ってるのか?」

「いやいや、あなたの戦闘能力は知っていますよ」

「……」

 渉は、この男の瞳をみつめた。

「わかりました。肝に銘じておきます」

 その言葉を残して、今度こそ《長い舌》は雑踏のなかに溶けていった。



 それから数分もしないうちに、香坂から連絡があった。

 三十分後に待ち合わせることになった。

 場所は、台東区にある三ノ輪商店街。三ノ輪という駅は知っていたが、その商店街には行ったことがなかった。

 約束よりも、十分ほど遅れてしまった。

「なんでここなんだ?」

 北千住の現場で、長く聴取されていたはずだ。

「三ノ輪駅まで送ってもらったのよ。地下鉄で帰ろうとしたんだけど、あなたにも会わなければならなかったから、また地上までもどって、ここで待つことにしたの」

 下町のどこにでもある商店街という感じのする場所だ。正式名称は『ジョイフル三の輪』というらしく、想像していたよりも距離が長かった。

「警官に送ってもらったのか?」

「そうよ」

 なぜ、送る? 現場は、北千住駅のすぐそばだった。車で送ってもらう距離ではない。それをわざわざここまで車で来たということは……考えられるとすれば、車のなかの空間を使う必要があった。

 もっとわかりやすく言えば、話を聞かれない場所を用意したのだ。それが彼女の希望だったのか、それとも相手の希望だったのか。

「で、疑われたか?」

「第一発見者は、そういうものでしょう?」

 疑いはしても、安易に法務省の職員を容疑者あつかいはしないだろう。

「倉田の話は?」

「……してないわ」

 一瞬の間があった。

 している。が、していない。

「そうか、溝口を呼んだな」

 車で送られたことなどを考慮すると、おのずとその結論に達する。溝口にだけ、倉田のことを伝えた。

 おそらく、おれが現場にいたことも話したはずだ──渉はそうも推測した。

「なんて言われた?」

「あなたには、かかわるなって」

 あの男が言いそうなことだ。

「倉田については?」

「……なんだか、いろいろあるみたいね。すくなくても、容疑者ではないみたい」

 これだけ倉田に関係する人間が消されたというのに、警察がすぐに倉田を確保しようとしないのは、警察自身も一連のことに噛んでいるからだ。

「ねえ」

 香坂が、声をひそめた。

 日中の商店街を男女二人で歩いているというのは、はたから見れば異質に感じるのだろう。恋人や夫婦でないのは伝わるだろうし、キチッとスーツを着ている彼女とくらべると、渉はラフな格好だ。仕事関係のあいだがらとも思われない。

「高陽会に、弱みを握られてるの?」

「そのことも聞いたのか?」

「ええ。二代目を殺したんでしょ」

「それは弱みじゃない。罪の意識もないし、後悔もしていない」

「弱みがないのに、引き受けたの?」

「金だよ。金のためだ」

「ふうん……」

 いまの言葉を信じていないふうだった。

「倉田から守るってことよね? その元組長さんは、なにをしたの?」

「さあね。だが調べていけば、いずれわかるだろう」

 倉田がプロの殺し屋だとすると、高木虎雄の語った内容は嘘だったことになる。

 いまわかっている構図は、こうだ、

 黒幕がいて、その指示のもと、倉田が動いていた。しかし十五年前──逮捕から裁判、判決までの日程を考慮すれば、十六、七年前になにかがあって、倉田は二件の殺人で懲役十五年の刑にふくした。ただし、それはむしろ倉田を刑務所で保護するための措置ではなかっただろうか。

 そして現在、倉田の逮捕と裁判にかかわった人間が次々に消されている。

「これから、どうするつもり?」

「あんたのほうこそ、どうするんだ? 倉田が危険な男だとわかったんだ」

「……わたしは、あたえられた任務を果たすだけよ」

「このまま倉田を追うんだな?」

「わたしは警察官じゃない。追うという表現はちがうわ。あくまでも調査を進めるだけよ」

 物は言いようだ。

「あなたは、どうするの?」

「あんたに協力すると言ったろう」

「そのほうが、倉田に近づけるものね」

「おれは殺し屋じゃない。あくまでも、倉田から依頼者を守ればいいんだ」

 わざと、彼女と同じ言い回しを使った。

「では、倉田のアパートに行ってみましょう」

「まだいると思うか?」

「あなただったら、どう?」

「おれなら、すでに逃走してる」

 そうだ。普通ならアパートを出て、もうもどらない。

 だが、倉田のおかれた環境は普通ではない。

 当面は逮捕されない自信もあるはずだ。

「いいか、たとえいたとしても、むこうの正体に気づいたことは悟られるな。相手は、プロなんだ」

「あら、危険なめにあっても、あなたが守ってくれるでしょ? あなたも、戦闘のプロなんだから」

 渉は、思わず不敵に笑っていた。

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