第3回
職場の飲み会帰り、同僚たちとぞろぞろと列をなして地下の商店街を歩いていると、後輩の若い女性社員が「あっ、かわいい〜」と黄色い声を上げた。見ると、1メートルくらいの大きなシルバニアファミリーの人形が飾られていた。僕も「かわいい〜」と心の声を上げた。「そういえば、もうすぐシルバニアファミリーの映画やるらしいよ」と、もうひとりの女性社員が話題を振ると、彼女は「え〜、子供いないし、さすがに観に行かないかなぁ」と答えた。まあ、そうだろうね。僕は観に行く気マンマンだけどね。それも必ず初週に。そこには二つの理由があった。
※ ※ ※
土日を避け、あえて平日の夜に映画館へやってきた。事前に買っておいたチケットは午後七時の回。周りに不安を与えないように、なるべく親子連れが少ない夜の回を選んでおいたのだ。新作映画は毎週たくさん公開されるので、よほどのヒット作でなければ二週目以降はところてん方式に押し出されて上映回数は減っていく。そうなると、子供向け作品で最も早く無くなるのは客入りが見込めない夜回だ。これが一つ目の理由。
「お待たせいたしました。ただいまより『劇場版シルバニアファミリー フレアからのおくりもの』十九時の回の入場を開始いたします」
上映十分前になり、ロビーにアナウンスが響いた。しかし僕は少し待ってから入場することにした。他の親子連れにまぎれて、さも家族の一員ですよと装いながら自然に入場しようという、往生際の悪い発想だった。
……ところが、五分待っても誰も入場しない。する気配もない。あと三分。ついに観念して、ひとりでもぎりのお兄さんのところへ向かう。「3番シアターです」と、袋に入った入場特典を手渡される。お兄さんの顔は見ずにそそくさと奥へ進み、受け取った袋を確認する。袋の中では、赤い服を着た小さなウサギの赤ちゃん人形がすやすやと眠っていた。
「かっ…!」
続く「わいい」の声を抑え込む。二つ目の理由は、このかわいすぎる入場特典を確実にもらうためだった。
シアターの真ん中に座って上映を待つ。それにしても誰も入って来ないな……と思っていると、そのまま明かりが落とされて映画が始まってしまった。えっ、一人? ああ、ごめんなさいごめんなさい。こんなおじさん一人のためにシルバニアファミリーを上映してもらってごめんなさい。別に謝らなくてもいいのに、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
ところで映画は思っていたよりもずっと面白かった。僕にしてみれば、かわいいものが大きなスクリーンに映っているだけで100点満点なので、そのうえ作品としてちゃんと面白いと200点になる。我ながらお得な性格をしていると思う。
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