第2回

 今思えば、僕の家族は少し変わっていた。


 僕だけではなく、父も母もかわいいものが大好きだった。むしろ僕がその血を受け継いだという方が正しいだろう。皆がそれぞれ帰宅すると、まずその日に見かけたかわいいものをお互いに報告する。隣の赤ちゃんがバイバイしてくれた。猫の親子が車の下から覗いてた。そういう話を聞いて、様子を想像して「かわいいねぇ〜」「いいなぁ〜」と共感するのだ。また、各々が自室で見ているテレビにかわいいものが映ると、ダダダと居間まで駆けてきて「今、何チャンネルにかわいいのが出てる!」と情報が共有され、いったん全員で居間のテレビでかわいい映像を確認し、「かわいかったね」とまたそれぞれの部屋へ戻っていく。そういう家族だった。……ただ一人、末っ子の弟を除いては。それはそうだろう。家族で唯一かわいがる相手がおらず、一方的にかわいがられる対象だったのだから。彼だけは「子供なんか好きじゃない!」と、このかわいいの輪に入ることはなかった。


※ ※ ※


 時に、みんなに愛されるかわいいキャラクターを創る場合、人類が共通してかわいいと感じる赤ん坊をモデルにすると上手くいくというのはデザインにおける定説だ。


 逆に考えれば、世の中のかわいいキャラクターの多くは赤ん坊のようなものとも言える。となると、僕がそういったキャラクターを好きなのもまた当然と言える。


 ところが困ったことに、大半のキャラクターはおじさんから好意を寄せられることに対して備えがない。


 キャラクター商売はグッズを売ってナンボなので、メジャーどころになると公式ショップを構えていることも多い。何かグッズが欲しいなと思って仕事帰りにショップを覗いてみると、店内はパステルカラーのキラキラとした装飾に彩られており、ぬいぐるみやストラップなどのかわいいグッズが大量に並べられている。どれもかわいい。本当にかわいい。かわいすぎて困る。いや、実際に困るのだ。当たり前だが、そこにおじさんが普段遣いできるようなグッズはほとんどなく、店内をうろうろと何周かして、せいぜい卓上カレンダーを買って帰って自宅のPCデスクに飾るくらいで終わる。


 それから、人気キャラクターがカフェやスイーツショップなどとコラボすることもあるが、あれもなかなかに敷居が高い。メニューにはカラフルなスイーツが並んでいるが、おじさんの主食は基本的に茶色だし、スイーツばかりでは胃と健康が持たないというおじさん特有の事情もある。


 ……と、ここまで書いてきたことはすべて言い訳である。他人がどんなグッズを持っていようと、何を食べようと、ほとんどの人は関心を持たない。スイーツだってたまに食べるくらいなら問題ない。結局、僕の覚悟が足りないだけの話なのだ。


 街を歩く学生たちを見ていると、男女問わずカバンに好きなキャラクターのグッズを付けている。もはやそういう時代になったのだと一目でわかる。しかし頭ではわかっていても、僕の育った昭和という時代では社会的にハッキリと男女の区別がなされていて、男がかわいいものを身につけると必ず馬鹿にされたものだった。それを思い出すと、同世代以上の人からはどう見られてしまうのだろうかなんて考えてしまう。時代遅れは僕たちの方なんだから、別に気にしなくたっていいのにねぇ。

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