かわいいものおじさん
権俵権助(ごんだわら ごんすけ)
第1回
食欲・性欲・睡眠欲。これらが人間の三大欲求とされているけれど、実はもう一つの欲求が存在する。
それは庇護欲だ。
庇護欲。何かを守りたいと思う欲求のこと。小動物や赤ん坊──つまり、弱くて小さくてかわいいものを見ると、思わず守ってあげたくなる衝動。一般的に「母性本能」と呼ばれるものだが、この言葉はどうにも座りが悪い。
なぜなら僕はいい歳をしたおじさんだからだ。
※ ※ ※
赤ん坊を見て「かわいい」と感じるのは明らかに本能による反応だ。
たまに女子高生が「かわちい〜♡」とやっているのを見て「あざとい」「かわいいと言っている自分をかわいいと思っている」などと中傷する人がいるけれど、少なくともおじさんが「かわちい〜♡」とやったところで社会的地位が危うくなるだけで何も得することはない。しかし本能が反応しているのだから止めることもできない。かわちいものはかわちいのだ。
そもそも赤ちゃんがかわいいのは当然のことだ。「頭が大きい」「目が丸い」「体型がころっとしている」といった特徴は、自身が弱い存在であるがゆえに、大人の庇護欲をかき立てて守ってもらうためにそうなっているのだ。これには「ベビースキーマ」という名前が付けられていて、その効果は科学的に証明されている。なので我々大人が赤ちゃんを本能でかわいいと感じるのは当然と言える。
……ところが、どうも世間一般ではそうではないらしい。世の中には「子供が嫌い」「かわいいと思わない」と主張する人が割といる。たしかにバスや電車で、やれベビーカーが邪魔だの、やれ赤ちゃんの泣き声がうるさいだのという揉め事はよく発生していると伝え聞く。
ありえない。
僕からすれば信じられないことだ。
100%かわいい乗客が乗っているベビーカーなんて全車両に一台ずつはいてほしいし、赤ちゃんの泣き声なんていう最高の癒やされボイスはすぐ隣で聞いていたいと思う。
しかし現実はどうだ。
僕がベビーカーの赤ちゃんに微笑みかけるとお母さんはギアを上げて離脱し、泣いている赤ちゃんを見つめるとお母さんは申し訳無さそうに頭を下げる。……いや、たしかに僕がやくざのような強面なのも悪いし、大切な赤ちゃんをあらゆる危険から守るためには仕方ないことなのもわかる。大変よくわかる。
でも……もし、おじさんじゃなくてお爺ちゃんだったらもうちょっと受け入れてもらえたのだろうかと思ってしまう。悲しいな。心はとっくに孫を見守るお爺ちゃんなのにな。
そんなわけで、子供が嫌いな人よりも不審者扱いされる毎日を過ごしているのだった。
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