第4話


 元々のストーリーは貴族社会に殺し屋や暗殺が入り乱れる恐ろしい話だったけれど、私が転生前の知識を使ってアーサリスの実家、故郷、領地、領地が入る区域、そして全国にわたって……とより良い治世になるように暗躍したりしているうちに。


 いつしか元々のストーリーと似ても似つかないハッピーで平和な国になっていた。


 みんな私を褒めた。悪女なんて誰も言わない。露出狂とはちょっと言われる。

 兄だけは頭を抱えながら

「お前の全裸の銅像が建てられていたぞ、そういうのは許可を出すな」と言っていたけれど。

 まあ全裸が観光資源になるなら、安いものだ。

 けれどアーサリスも最近は「絶対脱いだらだめですよ」と言うようになってきた。


 いや、私脱いだのはあの日だけなんだけど!

 風評被害!

 

 ーーそして。唐突に風の強い日、王宮の四阿に呼ばれた。

 レキサス第二王子殿下は言った。

 

「婚約破棄、でございますか」

「むしろまだしていなかったことに、僕自身が驚いているよ」

「はあ、確かに私も思います」

「まあ、見てて結構面白かったしね。きみも僕の婚約者だったから、周りから余計な婚約の話が来なくて過ごしやすかっただろ」

「あら、そこまで考えててくださったんですか?」

「それはそうだよ。僕は恋愛感情としては君にはまったくそそられないけれど、友人としては結構大好きの部類だからね」

「あらやだロマンスが始まりそうですわ」

「よく言うよ。今日だって君が『贈り物すべてお返しします!』とかいって全裸にならないように、わざわざ寒い日を選んだんだからね」

「でもそこの池、温泉ですよね。湯気立ってる」

「まあ、もし万が一、君が脱いだら風邪引かせるわけにもいかないし」

「優しいですね」

「今更気づいたのかい? 僕は最高に優しいよ」


 レキサス殿下は笑う。私も笑う。

 私たちは一緒に紅茶を飲んだ。


「まあ僕の都合ってことで別れる『婚約破棄』だから、君は自由に生きればいいよ」

「でもなんでまた、20歳になるまで待ってたんですか?」

「僕もモラトリアムしてたんだよ。魔術学園に通って、男爵令嬢と恋に落ちたり」

「あ、それもしかしてヒロイン」

「ヒロイン?」

「な、なんでもないです。そしてどうしたんですかその子とは」

「……卒業式に記念告白したら青ざめて、『いや、身分違いの恋とか私無理です』ってダッシュで逃げられてしまったんだ」

「身分弁えてるタイプの男爵令嬢ヒロインになりましたか〜」


 そういえば男爵ヒロインは、原作では貧乏のあまりに身売りしたり貴族の愛人になったりしながら、第二王子殿下に近づいていく設定だった。

 どうも話を聞いているとそういう毒婦っぽさはない。


「その子って幸せそうですか? ご両親はご健在?」

「幸せなリンゴ農家の娘だよ。いつもにこにこしてて控えめな感じのおとなしい子だよ」

「それはよかった……」


 私はふと気づく。


「てか浮気じゃないですか」

「……浮気というか」


 殿下は痛いところをつかれた、という顔をする。


「君は好ましい婚約者と思っているのに全く男心が反応しないから、もしかして僕女性は無理なタイプなんじゃないのかって不安になって」

「なるほど」

 

 私は頷きながら、ハッとした。

 そして後ろに控えているアーサリスをバッと背に隠す。


「アーサリスにもしや邪な目を!?!?!?!?!?」

「あはは、言うと思った。大丈夫アーサリスはタイプじゃないよ」

「アーサリスがタイプじゃない人間が、この世に存在すると!?」

「どっちでいて欲しいの、君」


 殿下は呆れた末、改めて恋する顔ではにかんで言った。


「でもいけた。女の子好きになれそう。ドキドキする感覚、僕にはないと思っていたから」

「それは割と、心の底からおめでとうございます」

「うん。恥じらいがあって、おとなしい女の子大好き。守ってあげたくなるような」

「殿下の前では9割9分の女が、全員恥じらいと大人しさを見せつけてくると思うので、……本物の恥じらいがあっておとなしい女の子見つけるの難しそうですよねえ」

「それ! それなんだよ! ほんと好みの子全然見つかんない」

「いやはやお疲れ様です」


 風が吹く。

 私と殿下はこんな感じで仲良しだし、今後も家族ぐるみで仲良しでいようね、という書面も親同士が交わしている、婚約破棄とはいえ穏便なものだった。

 

 ふと、殿下が遠い目をして私を見た。


「ねえ、クリス」

「はい」

「この国、18歳越えないと身分違いの婚約はできないだろ?」

「そうですけど、あんまり関係なくないですか?」


 私の言葉に、殿下は目を丸くしてーーそして大袈裟にあははははと笑う。

 あまりに声が大き過ぎて鳥が飛んでいった。


「だとよ、アーサリス。お前も苦労するな?」


 殿下が私の後ろを見やる。

 アーサリスは何も口にせず、ただ黙って頭を軽く下げる。


「私はただ、恩人であるクリスお嬢様の忠実な部下にございます」

「知ってんだぞ? 使用人学校首席で卒業したのも、その後魔術学園の夜間部騎士科で勉強してるのも、全部」

「だめ、ノー! ダメですわ!」


 何かを暴露しそうになっている殿下の前で、私は手をバツにする。


「アーサリスが隠していることは、私は聞かないつもりですの! それが主人としてのわきまえですわ!」


 そして婚約破棄のお茶会も無事に終了し、殿下と別れて馬車まで向かう。

 景色が綺麗なので少し歩きたいと思い、アーサリスを隣に侍らせて歩いた。


 季節は冬だ。

 雪が空からぱらりと落ちてくる。

 アーサリスがサッと黒いストールを私に被せてくれる。

 とても頼もしい男の人になったと思う。

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