第3話
「……哀れな平民を拾ってやると何かいいことありますか」
「あなたを拾って良かったかどうかって? さいっこーよ。あなたは優秀だし、置かれた状況に甘んじるだけじゃなく、こうして疑問をぶつけてくれる。自分で考えてくれる。ご両親も人間的に尊敬できる人だし、そんなご両親の大切なご子息に教育のチャンスを与えられるなんて公爵令嬢でほんとよかったなって思うし、食べ物の好みも趣味もなかったあなたが本当はジャガイモのパンケーキが好きなこととか、ベリーのジャムが好きなこととか、恋愛小説読むのが結構好きなこととか、そういうところを見せてくれるようになったのが嬉しいし」
「いや恋愛小説読んでるのなんで知ってるんですか!?」
アーサリスは真っ赤になって叫んだ。私は何をそんなことを今更、とばかりに腰に手を当ててやれやれとした。
「そりゃ知ってるわよ。あなたがこの間私を乱暴な商人から庇ってくれた時、私を安心させるためにかけてくれた言葉、『君を思うラブソングを』の5巻34ページ5行目のセリフだったし」
「……」
みるみるアーサリスの顔が真っ赤になっていく。
私はしまった、と思った。お前はデリカシーがない!!!と兄に怒られることはちょいちょいあったのだ。
「あっごめんなさい、こういうこと言わないほうがいいわよね!? ごめんなさい、いや、ああ、アーサリスが私の好きな本のセリフを言ってくれたのが嬉しくてつい……」
「ああいう男が好きなのかと思って……」
「は? 私は恋愛感情なんて解脱してますが?」
「じゃなんで恋愛小説読んでんですか」
「だってあの主人公、アーサリスに特徴が似てるじゃない。金髪で紫の瞳で、綺麗な顔なのにちょっとヤンチャで……」
「……」
変なものを見るような目で、アーサリスが私を見る。
そんな顔だってアーサリスはすっごく綺麗だ。
「本当に綺麗ね」
「……俺も、いい加減美少年って年じゃなくなって来たんですけど。そもそもお嬢様だって年上って言っても3歳しか違わないでしょう」
「それでも美少年は美少年だし、綺麗なのは綺麗よ。母も言っていたわ、お父様の髪がなくなっても、そこにいるのは美しい愛しい人に変わり無いって」
「…………あなただって綺麗なのに、ほんと……」
「私が綺麗! ありがとう! 私も同感だわ!」
「そこで謙遜とかしないところも含めていい性格してると思いますよ」
「アーサリスに褒められて、私嬉しいわ!」
「だぁから!そんな無邪気なニコニコ顔やめてください! お嬢様なんですから!勘違いされますよ!」
「勘違い?」
「……」
アーサリスはそこでごほん、と咳払いする。
「……綺麗なんだから、もう少し普通のお嬢様すればいいじゃ無いですか。仕事人間になったり、使用人のこと構い倒したりしないで、結婚したり……綺麗な服を着て、花嫁修行したりとか」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、私の婚約者、第二王子なんだけどあの人はあまりそういうの期待してこない人だから」
「……好きなんじゃないんですか? 婚約者なら……」
「うーん、人としては好きだけど、別に恋愛感情は……ないのよね。だって私解脱してるから」
「さっきから言ってますけど解脱ってなんですか、解脱って」
「全然煩悩がないって感じ? 無欲なのよ。きっとアーサリスがそばにいてくれるから、それだけで満たされるのね」
私がウフフと笑うと、アーサリスはそれ以上何も言わなかった。
「とにかく、お嬢様が物好きで、俺たち家族を養ってくれていることはわかりました」
「養うだなんて。雇用関係よ〜」
「……絶対、俺は恩返しします。見ていてください」
「楽しみにしているわ。でも自分を大事にするのよ?」
「見ず知らずの平民を救うのに、全裸になったお嬢様に言われたくはないですよ」
アーサリスは笑う。
そんな彼の声は、しばらくして少しずつ掠れ始めた。
ーー月日は流れ。
使用人に召し上げて2年後の13歳で(私16歳)、目の高さがほとんど変わらなくなって。
17歳(私20歳)になった頃には私の身長なんて軽々と追い越されてしまった。
クリス・カリアストも167センチくらいあるので、あれれ、結構早い。
でも私の兄も身長199センチくらいあるので、まあ男子としては普通なのだろう。
ちなみにアーサリスの両親は元々とても腕の良い酪農家で、王国の乳牛コンテストで連続受賞していたような酪農家だった。
その頃の知識と経験を活かし、ご両親は私が所有する製菓関連企業内で存分に力を発揮した。
乳製品レシピの開発をしてクリス(チョコレートブランド)のミルクチョコレートの制作に携わってくれたり、とにかく色々だ。
別邸にそのまま住み込んで24時間そこにいるわけじゃないので、元々の使用人たちとの軋轢とかそういうのもなかった。万々歳だ。
今ちらっと年齢の話をしたけれど。
アーサリスの御一家を召し上げてーー月日はあっという間に過ぎていった。
そして私は今や21歳。
この世界の貴族令嬢としては結構行き遅れと言われそうな年齢だった。
しかしビジネスにアーサリス鑑賞にビジネスに社交界に慈善活動にビジネスにアーサリス鑑賞に家族での思い出作りに、色々と元気に邁進していたので、すっかり年齢のことなんて忘れていたのだ。
その間に色々あった。
兄が結婚したり、兄とアーサリスがたびたび激しい稽古をするようになったり(「あのバカ妹を守りたいならもっと打ち込まんかぁぁぁぁ!!」と叫ぶ声は聞こえた)
アーサリスのご両親が関わった喫茶店のチェーン店が王国中で人気になって、オーナーの私に莫大なお金が入ったり。
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