第2話
「ありがとう、全裸のお姉ちゃん!」
アーサリスの言葉に、慌ててお父様が頭を下げさせる。
奥様に対して義理堅いのだろう、お父様は目を顔全体が梅干し食べたあとみたいになるくらいキツくギュッとしていた。
「すみません、倅が失礼な口を聞いて」
「いえいえ、いいのですよ。みなさま悪辣領主に飢えさせられて一文なしで王都まで人買いに連れてこられてそこで競にかけられるところだったのでしょう?」
「まるで私たちの人生のあらすじを知っているかのようになんでもお見通しですね」
「いえいえ。私があなた方を使用人として雇います。今日からあなた方はカリアスト公爵家によく仕えるのですよ。私もよき主人となれるよう奮迅いたしますわ」
アーサリスとご両親は深く頭を下げた。
やつれてはいるもののお父様も超美形で、お母様もおっとりとした美少女顔だった。アーサリスは二人の最高の部分を全部引き継いでいるような美少年だった。
危なかった。ここでうっかりアーサリスを奪われてしまわれては。
アーサリスが原作で出てきた時のように、両親を失って瞳から輝きを失った、とてもかわいそうな美形殺し屋になるところだった。
それから私は堂々と路地裏から表に出た。
人々は私の姿を見て驚き、ある人は凝視し、ある人は顔を覆い、ある人は拝み。
そして警察に任意同行を受けて公爵家に迎えにきてもらったのち、私はこっぴどくはーー怒られなかった。
父は言った。
「よくやった。古来より民のため、正義のために全裸になる貴族女性は尊いものとされている。かつて夫の悪政を諌めるために全裸で馬に乗って町内一周した貴婦人もいたものだ。お前は公爵家の娘として良いことをした」
母は言った。
「良い使用人を見つけてきましたわね。私も金髪美少年は大好きなので喜んでいますよ。あなたのお父様も若い頃は傾国と言われるほどの美貌の持ち主でウフフ」
「何をいっておるか、今のわしは嫌いか?」
「いやだわ、美少年の頃のあなたも可愛いし、今のあなたも最高に可愛いわ♡」
「ふふふ、髪がなくなっても同じことが言えるかな?」
「言えますとも、だって魂が金髪美少年ですから」
「ふふふ」
「うふふふふ」
両親は仲良しだ。
そして私は聖騎士団所属の兄にだけ「このバカ全裸妹!!!!!!」とどストレートに怒られたのだった。
◇◇◇
ーー恋愛小説『血塗られた貴族のロンド〜引き裂かれたポロネーズ〜』。
暗殺あり! 毒殺あり! 第一王子派と第二王子派に別れた、血塗られたギスギスの社交界! セクシーなシーン盛りだくさん!!
田舎育ちの貧乏男爵令嬢ヒロインは不幸な生い立ちより悪女の道に目覚め、体を捧げる代わりに社交界で暗躍し、第二王子を籠絡、第一王子派との派閥争いを激化させる毒婦となっていくという物語だ。
私クリスはヒロインと敵対する第二王子の婚約者の悪女という設定。
色々あって最終的に、アーサリスに惨殺されるーーという流れだった。
ちなみにレキサス第二王子殿下は黒髪青瞳のこれまた超美男子。泥沼派閥争いなんて似合わない明るく元気な幼馴染だ。
私が死ぬのも人様を進んで不幸にするのも嫌だけど。
それより怖いのは、大好きな家族やアーサリスとご両親が不幸になることだ!
彼らを守れるなら、私はなんだってやれる。全裸にだって、なれる!
というわけで。
アーサリスとご両親は公爵家で雇用し、私用の別邸の使用人となった。
両親は私にすでに別邸の采配を任せていた。
原作ではその別邸で怪しい薬品を作ったりヒロインにエッチな人体実験をしたり、色々酷いことをやった末にアーサリスに殺されることになったのだけど。
そう。
原作時空では、私はヒロインにエッチな人体実験をするエッチな公爵令嬢という設定。ヒーローを取り合ったりは特にしない。
そしてアーサリスは私の開発したエッチな薬を簒奪するために遣わされた、裏社会に飼われた殺し屋だったのだ。
私は原作時空に微塵とも触れないように、エッチなことは全く考えないようにした。前世は
そもそも両親も兄も美しいので、目の保養は完璧すぎてもはや解脱したも同然なのだ。
それにアーサリスがそばにいる。
アーサリスは最強で絶対で最高の美少年だ。
屋敷の使用人になり、使用人向けの学校に通いながら礼儀作法や未来の執事としての教育を施されるアーサリスは本当に美しく、最高に美しかった。
ボロボロだった最初の姿も美しかったけど、今の美しさはさらなり。
金髪は美しく波打って、勝気な美少女にすら見える美しい顔はさらに美しく、アメジストを埋め込んだドールアイのような瞳は、光の加減で金継ぎしたような繊細な金色を垣間見せる。
肌も艶やかで、しなやかに伸びた手足は美しく、使用人学校に通う学ランに似たストイックな制服姿も最高だった。
最初は言われるまま私の厚意を受け止めてくれていたアーサリスだったけれど。
だんだん衣食住が満たされて学校にも通うようになって、己の置かれた状況を客観的に考えることが増えたのだろう。
ある頃からアーサリスは私に怪訝そうな態度をとるようになった。
アーサリスがすっかり学園生活に慣れて、私の従者としてそばにいることも増えるようになった頃だ。
「なんで俺を拾ったんですか。お嬢様、俺を拾う必要なかったでしょう」
「あなたを助けたいと思ったのよ。運命だわ」
「運命って」
アーサリスは一瞬ぽかんとした後、皮肉を顔に浮かべる。
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