1-3

 始業式からおよそ二週間。

 食卓に置かれたコーヒー瓶。中には粉状のコーヒー。キッチンにもコーヒー豆を粉末にするミルとコーヒーメーカーがある。

 カフェ顔負けの機器がミツキの自宅には揃っていた。

 以前からコーヒーを飲んでいた。それはブラックやカフェオレという訳ではなく、あくまでコーヒー牛乳としてだ。

 それでも牛乳の前にコーヒーと名前についているからコーヒーを飲んでいると心の中で言っていた。口外したことなど無い。

 もしも、学校でコーヒーを飲んだと言ってコーヒー牛乳しか飲めないと知られてしまえば中学入学前に日常的にコーヒーを親しむバンに失望した目で言われてしまうだろう。

「ふんっ。ミツキ。ずっとお前は俺に嘘をついていたんだな。そんなに筋肉がささみみたくうっすいのに」

「ばっ……バンンンンンンッッッッッッ!!」

 これはあくまでもミツキの妄想。しかし、親しい友人からすれば本人が言わなくも無いと思う。

 ミツキはあの日の事を遡る。

 昼食後の昼休み。バンは中学の教室によく見る紙コップとプラスチック製の蓋をしたコーヒーを手にしていた。

「バン。それ、大学にあるカフェのコーヒー?」

「ああ」

「へぇ。バン君ってコーヒー飲むんだね」

「まあ。たまに……。寝不足の時は少し飲むようにしているんだ」

「コーヒーって胃が痛くなるから、お母さん達から飲まないようにって言われてるんだよね」

「気をつければいいんじゃないか。俺は一日一回とかに制限しているけど」

「そうだよね。大人の人達でも一日に三回とか飲まないよね」

「ラテとかならまだしも、ブラックをそのペースで飲んでたら確実に胃潰瘍になるだろうな」

「バンは、コーヒーのどの辺が好きなんだ」

「どのへん……。あまり考えた事が無いな。でも、眠い時とか気分を変えたい時とかにはそういう効果があるから良いんじゃないか」

「そうなんだね」

「バン君は普段、ブラックを飲んでいるの?」

「いや。たまに。今日は寝不足だったから。それでも、大学のカフェは種類が豊富だから色々と試しているんだ」

「例えば?」

「一昨日なんかはドリップとか、その前はコールドブリューとか飲んでたかな。あまり甘いのとか好きじゃ無いからそういうのばかりだ」

「バン。それは気取っているわけではないよね?」

「気取っては無い。ただ、眠くて飲んでいるだけだ」

「ならいい」

「何の確認だったの?」

 ミツキの謎チェックにアテナやエレン達は困惑する。

 思えば、ミツキがコーヒーに興味を持ったのはこの時だ。

 そしてその日に家に帰ってくれば、高校二年生の長男。ミツキにとって四歳年上の兄。ケイも朝はサクッと飲んでいる事があった。

 ちょうどキッチンにいる母のイングリットに聞く。

「ねえ、お母さん。お兄ちゃんって、いつからコーヒー飲んでいるの?」

「いつからかしら~。でも、高校に入学してからかしら。『最近、飲まないと学校でしっかり出来ない』って神妙深く言っていたわ。それがどうかしたの?」

「いっいや、別に……」

「もし飲もうとしても家のは特に止めておいた方が良いわよ」

「どうして?」

「お父さんもケイも苦いのが好きだから、ミツキにはまだ早いわ」

「どうしてそんな事が分かるの?」

「お兄ちゃんが一回大学のカフェでドリップ飲んだんだって。そうしたら、これは違うって。それからお父さんと選らんで豆の方を飲んでるの」

「へぇ~(お兄ちゃん、苦いのが好きなの!?)」

「二人とも飲む量には気をつけて欲しいけど、毎日ブラックしか飲まないから。まあ。カフェとか行かないみたいだから、これくらいはしてあげないとね」

「へぇ~」

 先ほどから、言葉か出てこないミツキ。ただただ感心するしかなかった。そうするしかこのただのコーヒー飲める飲めない的な浅はかな話しかできない。

 コーヒーが苦みありきで定義するのであれば、ミツキはコーヒーを飲んでいなくってコーヒー牛乳を飲んでいる事になる。

 厨二病として、コーヒーを飲み始めると関われていた。しかし、それは内心苦くても表面上では美味しいと言っている事もふくまれるのではないだろうか。

 後日。家に誰もいない時間。母から忠告を受けた通り、父と兄の飲むコーヒーは飲まずにいつもコーヒー牛乳にして飲んでいるコーヒー粉を開き指定の量でお湯を入れてかき混ぜた。

 熱々の湯気が立ち上るこれが、本当のコーヒー。

 カップに口元を近づけて「フーフー」と息を吹きかける。ぐっと一口を飲む。喉を鳴らし一口を飲む。

「んん~~」

 正直な事を思うと、可も無く不可も無く。


 これを毎日飲もうとする気持ちはきっと継続力というものだろうか。こうして苦みを求めてく所は分からないかもしれない。

 しかし、ミツキにはまだ必要の無い習慣だ。母に言われた通り、伸び盛りの肉体にはカルシウム成分が入っているからと教育機関やその情報を信じる親に従って牛乳に薄めのコーヒーを混ぜて飲むことにする。カフェインはお茶からで十分だ。

 ミツキは環境の事を考えた。コーヒー一杯の粉と水とエネルギーを無駄にしようにと半日をかけて飲み干した。

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