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 二人と別れた。

 あたりはオレンジ色の街灯と店内から漏れる時にはっきりした店内照明。あるところでは節電とムードを意識したほんのり静かな明かりが漏れるオレンジと白、黄色の明かりが入り乱れる光に照らされる凸も凹も無い商店街。一人帰宅の道を歩く。

 小学校から歩く商店街の通学路。小さい店舗では新しい店舗が入れ替わるように数年に一度は何か新しい店が必ずある。

 年が明けてからまた一軒。新店舗が誕生した。

 ミツキはずっと何が入るのかと目の端に瞳孔を移して歩きながらも店内を伺っていた。

 以前はよくあるベージュの外壁を白いペンキで塗り替える所を土曜日の練習帰りに見かけていた。

 ガテン系の人があんなにも木目調を強調した店内を作っていると思うと人は見かけによらないなとつくづく思う。

 小さい店舗の為、おそらく五人くらいが実際の店舗作りには関わっているだろうと毎回通り過ぎる土曜日の昼間に見ていた。

 平日に帰る頃には午後五時の終業時間は過ぎて中は真っ暗。工事をしていた冬は日も短く何をしているのか外観が変わるまでは分からなかった。

 だが、開店した今であれば何を販売する店舗なのかは理解した。飲食店が立ち並ぶ商店街には珍しくレコードショップが自然の温かみと年期の入った木箱が入るレコードのレトロな大人の雰囲気が醸し出される。

 足を止めて足の向きとは少し左を向いていた。目線は店舗の外観。店内。納められているレコード達に向いている。

 じっと見つめて自分は一体何をしているのだろうか。こんな事をしていても自分とレコードは何の結びつきなんて無い。ただ、この中に入れば何か分からない世界でも少しは分かるのでは無いかと思ってしまう自分がいた。

 分からない世界とは何か。大人の世界? レコードの世界に大人と子供を区別するのは違う気がした。ただ、自分のアクティブな世界。時にチャンスがあればボケようとする世界や空気とはどこか一線を引くような気がした。

 ミツキは鼻をくんっと広げ空気を吸う。一段高さのある店の敷地を一歩上がる。左手を伸ばしドアノブを掴む。手動で開閉式の扉を開いた。

 空き店舗を使った店内。オレンジ色を直視するとまぶしい光がレコードを輝かせる。木材を使った机と棚には温もりがある。店内に流れる音楽はミツキが生まれるよりも前の洋楽が流れる。全く初めて耳にするロックは道の空間に迷い込んだ気分でいた。こんな所に入った自分が後悔しそうな気持ちにもなる。しかし、この店に何があるのか。ミツキは時代が違うレコードを眺めて見ていた。

 棚に収納されているレコードにはお目当てのアーティストが見つけやすいようにアルファベット順に並べている。図書館の作家名のようにアーティスト名が書かれた薄い板がいくつか棚に刺さっている。

 だが、名前が書かれていたとしてもミツキには見知らぬものばかり。製造のピークが七十年代から九十年代手前。最近はレトロブームのおかげで既存曲を予約生産限定版のレコードとして販売するアーティストも増えてきた。

 棚を一つひとつ眺めていくと唯一分かるバンドがあった。The Bacons。彼らは仲間の脱退など様々な経験をしてきたバンドだが、紆余曲折があり今でも数年に一度は新曲を出している。

 最近は脱退したメンバーの歌や演奏法法をAIが学習した。言わば元メンバーのような人を模造して曲に参加している。

 最初は賛否両論があったが、今になっては彼ららしい音楽性を保ちつつ新曲を出し続けていると好意的な意見が多く聞かれるようになった。

 そして、現代の若者も彼らの曲を初期の曲も含めて愛している。

 手を伸ばし棚から一枚のレコードを手に取った。

 彼らが発表した作品の中でも特に問題作と言われたアルバム「The Ranger」。

 このアルバムは地球防衛のスーパーヒーローの生涯をイメージして作られた。

 しかし、それぞれの曲の内容がヒーローにしてはどこか歪んだ性格で不健康な生活をしている主人公だった為に皆、落胆していた。その上、子供達が聞くにはとても不健全な内容だった為に国がレコード会社へ販売の年齢制限を設けるように命じたというなんとも音沙汰名アルバムとして有名になった。

 しかし、会社側はこれを不適切かどうかで年齢制限するのは表現の自由に反するとして裁判を起こすところまで発展してしまった。

 結果的に会社側に年齢制限するのは違法だという判断に至った。判決後、会社は何もしなかった訳ではない。各販売店舗で年齢制限の注意をした上で販売するようにという条件付きでレコード販売店へ納品をしたという。

 スマホから音楽を聞くようになった現代。彼らの曲は年齢の制限が無く誰でも聞けるようになった。

 ただ、過激や性的な内容だという事を示すマークがつけられたという技術の発達によって風通しの良い世界になった。

 スマホからもミツキは時に彼らの曲を童心に戻っては聞いている。

 コラムを読まなければそういった事を思う事は無かったが、普通に聞く分にはどこか口ずさんでしまう所もある。一般的には受け入れられているから今でも活動を続けているのでは無いだろうか。

 レコードの表紙を眺めながらミツキはThe Baconsに対して思いをはせていた。

「どうしたの? 珍しいね」

 野太い声が近くにいる。急に声を掛けられた。ミツキは近くにある足下に気づき上を向いた。

 濃いひげを生やして深い緑色のエプロンを着た男性が立っていた。

「中二になるので、大人の一歩として嗜む物を厳選しているんです。でも、いきなり入るのは緊張します」

「中一で来るのもなかなかだと思うよ」

「The Baconsは元々聞き馴染んでいるところがあるので、どういった物かと」

「へぇ~。そんなに若いのに渋いね。もしかして、サブスクで聞いてる?」

「はい。というか、彼らの曲は皆ネットから」

「そっかー。ねえ。時間があれば、そのレコード聞いていく?」

「えっ、良いんですか?」

「いいよ。むしろ、サブスクだけで彼らの曲に満足なんてしてほしくないからね」

「ありがとうございます」

 レコーダーの蓋を開きフォルダーの保管されていたレコードを取り出す。レコードを機器の上に置き、針を合わせる。最初の調節をする「キーキー」という音が発生した。年期の入ったレコードは新譜と比べて劣化も酷いはずだ。しかし、一般的なレコードと変わらずにクリアな音源が流れる。

 針を置いたとは言え、始めに流れたのは収録曲のトラックワン「I'm Ranger」。スーパーヒーローの生涯を描いたと言われるが、ある時期を限定してと言っても、描いた部分は数年の出来事だと言われている。

 当時のインタビューコラムを読んでも、細かくはあまり書かれていなかった。詳細に書きすぎると楽曲の考察というものは無くなってしまうのだろう。

 二、三年前に発表してから四十年以上も経過してミュージックビデオとビジュアライザーされたバージョンのミュージックビデオなど新しい解釈を含めた映像コンテンツが話題になった。

 アルバムの始まりなので、まずはアップテンポな曲は主人公のヒーロー性、人柄と正義感を表すとともに、バンド「The Bacons」らしいカジュアルで親しみやすい雰囲気が好評で当初のアルバム発表時、特に評価された曲。

 動画配信アプリを何気に見ていた時にThe Baconsと出会った。それが、「The Ranger」だった。

 聞き慣れた曲。ミュージックビデオが後悔されてから二、三年しか経過していない。一曲とアルバムに収録されている曲は体に染みついている。何度聞いたことか。それほど今になっては懐かしく思うのと、習慣のように体と口元が動いてしまう。

 いつしか腕を組み右足を前に出してリズムを取っていた。

 経験を重ねて分かった事がある。自分の中で趣向の変化を感じていた。本当は一曲を聞いて帰ろうとしたが、気に入っているクレイジーなアルバムに全曲を聴き終える頃にはゴールデンの番組が始まる頃だった。

 店の閉店時間。ミツキは店主に告げた。「今度はちゃんと買いに来ます」

 ミツキは普段より遅い時間に帰る。

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