第47話 激突する堕天使とマシーン
モンスターが街に出没して暴れる、という現象は過去にいくつか例があるのだが、特に今までは大きな問題には発展していない。
ダンジョン瘴気がない地上では、長く活動することができず、そう時間がかからず消滅してしまう。前もって距離を置けるなら、さしたる脅威ではなかった。
しかし今回の魔人に関しては話が違う。ダンジョン瘴気があろうがなかろうが、通常の人間と同じくして存在し続けることができるのだ。
「おやおやー、なんかあんまり人がいない……っぽいですねえ」
漆黒の翼と白銀の体を手にした金髪の魔人。彼女はその翼であっという間に地上まで到達すると、遥か高みから人間の姿を探していた。
どうやら早い段階で、避難指示が与えられたようだ。しかし場所は池袋であり、そうすぐには逃げられない人も多い。彼女は盾を持った機動隊、警察官を遠目から確認することができた。
「あれれー? なんか、舐めプしてませんか? これは分からせる必要がありますねえ」
金髪の魔人はさらに上空へと浮かび上がり、両手を広げて詠唱を開始した。多くの人々には、その姿が何重にもブレているように映る。
神秘的なようで悪魔的。光と共に現れたのは、不気味な偽物の群れだった。彼女は自らの劣化コピーのような存在を、次々と生み出しては眼下に放っていった。
不気味な笑い声を上げながら、その化け物達は何十体にも増えていき、地上へと進撃を開始する。彼女達はすぐに詠唱を開始し、黒く禍々しい玉を作り上げては放り投げていった。
数秒後、街に爆発の連鎖が起こる。直撃すれば到底無事ではすまない魔法の爆撃に、人々は恐れ慄き逃げ回るしかなかった。
金髪の魔人は哀れな姿を見下ろし、笑いが止まらない。ダンジョン瘴気がなくとも、自らの影響を受けたコピーモンスターは数分は活動できた。
それだけの時間があれば十分に破壊できる。好きなだけ。
「あははははは! いやー愉快愉快。これがしたかったんですよ。じゃあそろそろ私が——」
言いかけたその時、自らの分身の一部が爆破されて吹き飛んだ。軍隊がやってきたかと笑って見せると、そこにいたのは彼女が予想した存在とは違っていた。
バイクを操る男と、後ろに乗っている女。どちらも見覚えがあった。一人は自身が駒のように利用した男だ。もう一人もまた、ダンジョン奥で足止めされているはずではなかったか。
「やってくれたなぁてめえ! ぶっ殺してやるぞおおおお!」
「おっしゃ殺せ殺せ! あたしがまとめて爆破してやるわ」
丈一郎とまどかは、地上に上がると鉄男と珠理亜を警備の人達に任せ、広い場所に出るなり魔道具で封印していたバイクを使うことにした。
狂人のような男に運転を任せ、まどかは魔法でコピーモンスター達を消し炭に変えようとする。しかし飛び交う劣化分身は、そう簡単に倒せるほど弱くはない。
何よりも、魔人に辿り着くことができなければ、新たなコピーを生成されてしまう。彼女はどう見ても届かない空の上にいた。
「いやー! これは無駄な努力ってやつじゃないですかあ。愉快愉快、愚劣の極みって感じですねえ。誰も私には届きませんよ」
「イイエ、届イテマス」
「……!」
油断しきっていた魔人に、唐突な刃の一撃が襲いかかった。首筋に向けて放たれたそれを、紙一重のタイミングで回避する。黒い羽が何枚か地上に落ちていった。
レムスが刀を構え、同じくして空にいる魔人を狙っている。
「おやおや、貴方でしたか。いつもセコイ真似をしてくれますねー」
「不意打チハ、有効ナ戦術デス」
「もう通用しませんけどね。まあいいです、多少は楽しくなりそうですし。スクラップにしてあげますねー」
派手に暴れるには格好の相手だと思った。彼女は笑いながら、すぐに標的に掌を向ける。コピーとは比較にならないほど強大な魔力が、刀を持ったマシーンに向けて放たれていった。
レムスはすぐに距離を詰め、魔法が放たれる前に攻撃を仕掛ける。しかし、黒い翼を持つ魔人は、まるで瞬間移動でもしているかのように回避した。剣が振り下ろされる度にその姿は消え、一瞬で別の地点に彼女は現れる。
やがて詠唱を終えると、その手からは赤黒い光線が放たれ、今度はレムスが守る側へと変わった。
この時も配信は続けられており、視聴者達は目まぐるしい戦いにのめり込んでいる。
:ひえええええ!
:全然当たらんやん
:レムちゃん逃げろ!
:この臨場感凄い
:なんかの映画みたい
:魔法ヤバすぎ
:すげー!
:当たったら死ぬんじゃないの?
:逃げろ逃げろ逃げろ
:お互いよく回避できるなこれ!
:魔法がぶっといし怖すぎ!
:マンガでもこんなバトルないぞ
:あああああああ
:死ぬ、死ぬー!
:空中戦とか見るの初めてかも
:不謹慎だけど、めっちゃレアな配信だわ
:頑張れー!
:こいつを早く仕留めないとヤバいぞ
この危機的かつ非常に貴重な映像を見るため、海外も含めて多くの視聴者がチャンネルに押し寄せてくる。気がつけば同接は百万に到達し、琴葉が見れば失神しかねないほどの増加っぷりだ。
「あははははは!」
金髪の魔人はこの状況を何よりも楽しんでいるようだった。ゆっくりと体を回転させながら、今度は掌を上へと向ける。
すると、上方向に彼女の何倍にも太く長い光線が放たれ、雲にすら到達したところで散開し地上へと降り注ぐ。悪意が町を侵食し、多くのビルを破壊していく。
レムスは剣を胸の前に構えると、マジックバリアを展開させる。攻撃を防ぐだけかと思いきや、刃から無数のファイアボールが一斉に放たれ、それらは全てが意思ある野獣の如く彼女へと向かった。
「ほほー、なるほどねえ」
破壊活動の片手間に、魔人は向かってくる火球を避けている。恐らくは火球を餌にしつつ、接近しての一撃を狙っているのだろう。そう彼女は察していた。
「いやー、なかなか楽しませてくれますねー。でも、そろそろ今日の配信は解散、ってところじゃないですか?」
「逃ルツモリデスカ?」
「そうですね! 逃げますよ」
挑発しながら接近する機械に対し、金髪の堕天使はあっさりと逃亡することを認めた。
「元々失敗続きなんですよぉ。そもそも、私は仲間内からかなり怒られてるんでねえ。っていうか、仲間からもこれで絶縁でしょうけど」
この発言は、魔人は他にも存在しているという明確な情報となった。地下鉄で殺人を犯し、ニュースになった時から彼女は、仲間からも大きな批判を浴びていた。
本来であれば琴葉を魔人に仕立てて、人間と同士討ちをさせている時に不幸な事故として死んでもらい、魔人はいなくなったという筋書きにしたかった。
しかし、琴葉が想像以上に強かったことで、その目論みが外れてしまった。散々だなぁと他人事のように考えつつ、魔人は戦いを楽しんでいる。
レムスの刃が迫る……と思いきや、スラスターが唸りを上げて彼女を横切っていく。マオウ刀はさらなるファイアボールを放ち続け、気がつけば魔人はファイアボールの大軍に包囲される状況となった。
しかし、それでも彼女は動揺しない。レムスが遠間から剣の切っ先を向けた。包囲していた火球達が、一気に獲物を燃やすべく飛びかかる。
金髪の魔人は涼しい顔で、微かな隙間を避けながら新たな詠唱を開始した。まるで以前マオウカマキリと戦った琴葉と対抗するように。
「あーあ! 本当にヌルい——」
言いかけた彼女の声を、強烈な爆発が遮った。予想もしていなかった一撃を放ったのは、地上から様子を伺っていたまどかであった。
「ざまあ! 決まったぜー!」
まどかがガッツポーズを決めたところで、爆風から無傷の魔人が姿を現す。予想を超えて遠間から魔法を当てられ、笑顔の奥に悔しさが滲んでいる。
「ったく、次から次へとーおお!?」
この隙をレムスは見逃さなかった。一気に距離を詰め、振り下ろされた刃を魔人はぎりぎりで回避する。だが、続いて放たれた突きを回避することはできなかった。
とうとう何物をも貫くであろう突きが、魔人の額に命中したのだが、銀色の輝きを持つマオウ刀の一部が煌めきと共に欠けてしまうとは、誰も予想していなかっただろう。
無防備となったボディを、笑いながら魔人は殴りつける。寸前のところで腕でガードしたレムスだったが、吹き飛ばされて高層ビルに激突し、そのまま貫通して反対側から抜けていった。
魔人の翼が黒く輝き、飛行速度が急激に上がる。打ち抜かれたビルを抜けて詠唱を終えると、勝ち誇ったように笑った。
:ええええええ!?
:刀が欠けちゃった
:どんだけ硬いんだ!?
:こいつ速いだけじゃないぞ
:全部桁違いじゃん
:レムちゃん大丈夫か!?
:反則でしょう
:じゃあ勝てなくね?
:画面が回るうううう
:レムちゃーーーん!?
:強すぎじゃない!?!?
:今度はどんな魔法を使うんだ?
:ん?
:え、まさか
:なんか、岩っぽいのが見えるんだが
:アレか、アレなのか
:メテオーーーーーーー!?
:レムちゃ避けろ!
:まさか
「メテオレインってやつですよ。じゃー全員ぶっ潰しまーーーーす!」
魔人が放ったのは、巨大な隕石群だ。その威力はあまりにも強烈で、簡単にビル一つを消し飛ばしてしまうほど。
レムスは加速しながら飛び回り、隕石を避け続けた。隕石は獲物には当たらずとも、地上に損害をもたらしてしまう。
「ぎゃー!?」
「うおおおおお!? そりゃあねーだろーがぁー!?」
まどかと丈一郎にもメテオの雨は降り注ぎ、二人はパニック状態になっている。
「あっはははは! 愉快愉快。これがパワーってやつですよ! はははははは!」
隕石はその数を増やし、魔人の力は一向に衰えない。むしろ膨れ上がっているようにさえ感じられるほどであった。
恐らく誰が駆けつけようと、どんな集団であろうと、この魔人を倒すことはできないのではないか。そんな絶望さえ感じさせる爆発の群れと、浮遊する悪夢のような女。
視聴者達は驚きと恐怖で心が張り裂けんばかりになった。街の中では逃げ惑う人々で溢れ、コピーモンスターの群れが暴れまわり、地獄と化しつつある。
だが、変化はこれだけでは終わらない。魔人の余裕に満ちた笑顔が固まっていた。
「あ、ああ? なんですか、なんですか……あれは」
池袋ダンジョンの方角から、奇妙な竜巻のようなものが発生していた。それは最初こそ小さかったものの、徐々に大きく成長しており、しかも黒々とした色を纏っている。
「……モンスター? あのダンジョンに、私の知らない何かがいた?」
黒い何かは異様な速度で成長している。レムスは魔法を回避しながら、初めて慌てる様子を見せた。
「アアア! 姫サマガ魔法ヲ!?」
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