第48話 決着! 回ってみただけ

 その黒い何かは池袋ダンジョンを崩壊させ、今もなお成長を続けている。


 竜巻が漆黒に染め上げられたかのような、異常な現象。周囲を破壊しているその姿は、地上に現れたもう一つの悪夢だった。


 金髪の魔人はその実態に気がつき、面白いものを見つけたとばかりに笑う。


「はははは! まるで怪獣みたいじゃないですかぁ。こりゃー楽しくなりますねえ」


 黒き竜巻は徐々にその姿を変えていく。一つの竜巻が分裂しているように見えた。レムスは巨大な竜巻の登場をカメラにおさめつつ退避を始める。


:はあああああああ!?

:なんなのあれ?

:黒い竜巻っぽいけど、ちょっとずつ分裂してる?

:なんか、首がいくつもあるような?

:おおおおおおお

:怖い

:すげえ映像

:なんか、首の多い竜みたいに見えないか?

:モンスター?

:姫じゃないよなあれ?

:どうなってんのか分からん

:姫さまは無事か?

:ヤバいヤバいヤバい

:レムちゃんが焦ってるな

:魔法であんなことにはならないはず

:このままじゃ全部破壊されるだろ池袋

:怪獣大決戦

:あ、ホントだ! 首があるモンスターに見える

:やまたのおろち的な?

:ああああああああ!

:デカいにも程があるだろ!


 視聴者達は驚きと興奮で我を忘れていた。レムスのカメラでしか撮影されていない映像を観ようと、海外の視聴者も押し寄せていた。同接が膨らみ続け、気がつけば百五十万を超えている。


 レムスは地上付近まで飛行すると、コピーモンスターと戦うまどかと丈一郎の側までやってきた。二人ともボロボロであり、バイクは大破している。


「避難シマショウ」

「おおお!? まだまだぁ! まだ俺はやれるぜえええええ!」

「レムちゃん、大丈夫だった!? ってか、コピーモンスターがうじゃってるけどいいの?」

「モウスグ消エマス。何モカモ」

「しれっと怖いこと言ってるー! レムちゃんが言うならマジっぽいわ。ほら丈一郎! 逃げんぞ!」

「あ、ああ!? うおおおお!」


 レムスは二人を担ぎ、そのまま飛行を再開した。途中政府関係の人々の側にも寄り、避難を呼びかけていった。大半の人々は避難に成功したが、被害者をゼロにすることは不可能だった。それだけの襲撃を受けたのだ。


 きわめて迅速に多くの必要な行動を終えた後、そのマシンとまどか、丈一郎は遠目から戦いの終結を見守ることにした。あの場に割り込めるとは、さすがに誰一人考えもしていない。


 最悪の戦いの全てが、レムスの配信カメラに映されている。


 ◇


 銀色の肌と漆黒の翼が怪しく輝いている。美しい金髪が強風に揺れていた。


 魔人はいよいよ襲いかかってくるそれを見上げ、静かにはっきりと詠唱を始めている。竜巻はまるで八つ首のようになり、怪物にしか見えない姿へと変わっていた。


「あなたを最後にぶっ壊して、この場から上がらせてもらいますね」


 彼女の声色には余裕がある。膨大な成長を見せる竜巻から発せられている魔力も、自分には及ばぬとばかりに笑う。


 詠唱を終えた魔人は、空中で両手を広げた。少しずつ迫りくる何かを迎え入れるように。銀色の体全体が赤く滲んだ。


 すると少しずつ、赤い光が空を覆っていく。全てを塗りつぶすように、赤く黒い魔法が姿を現していた。


 やがて竜巻の周囲が赤一色に染まった時、魔人の黒い翼もまた変化していた。二翼が枝分かれするように広がり、瞳は黄色い光を発した。そして右手を竜巻の化身へと向ける。


「あなたに祝福を」


 彼女はその声と共に、戦場に大きな変化を起こした。周囲を包み込むような赤。それが竜巻を完全に包んだと思うと、猛烈な大爆発が発生した。


 誰もが目を疑う光景であった。紅い光の柱が出現し、竜巻だけではなく多くの建物を巻き込んだ。赤い光柱はいくつにも分裂し、巨大な柱を中心に規則正しく回っている。


 レムスは十分に離れた位置から、戦いをカメラで納め続けている。視聴者達のチャットすら止まっていた。まどかも丈一郎も、この規格外の破壊力には絶句してしまう。


「あはははは! これがパワーですよ! 誰も私を止められない。そして私も止まらない。さてと、とはいえ今日はお暇しましょうかねえ」


 何者にも負ける気がしない。しかし、この場に居座っていたら倒される可能性がないわけではない。


 魔人はこの後は身を隠し、しばらくしてからまた活動をするつもりだ。だが、黒い翼をはためかせて去ろうとした時、違和感を覚える。


「……ん?」


 成長させた翼を上手く扱えないのだろうか。いや、そうではなかった。


 引っ張られているのだ。風向きが変わっている。赤い光を眺めているうちに彼女は気がついた。魔法が徐々に消えているのだが、反対に何かが姿を現しつつある。


「お、あああー!? どうなってやがるんだよありゃ」

「さあ……あたしにはもう、何が何だか分かんないわ」


 二人の探索者は、離れた位置で巻き起こっている事象を理解することができなかった。生まれて初めて見る光景であり、何もかもスケールが違う。


「ヤハリ……」


 レムスが呟いた。赤い光が消え去るどころか、よく見れば吸収されている。黒き暴力の化身が魔法を食い尽くし、更なる巨大化を見せていた。


「あああ!? な、なんなんですか?」


 金髪の魔人も遅ればせながら気がついた。漆黒の竜のごとき何かが巨大化しながら迫っている。自らの魔法を浴びて、消滅するどころか成長したのだ。


 そして何より、体が少しずつ吸い寄せられている。初めて魔人の顔に恐怖の色が浮かんだ。


「こ、こんなことあり得るわけない! あり得ないっつーのぉ!」


 彼女はひたすらに魔法を連発した。炎に氷に雷に、先ほどの紅き光を纏う魔法をも使った。だが、どれも効果が見られない。


 しかも、彼女の抵抗は逆効果ですらある。色とりどりの魔法を受けた八つの首が、それぞれ変色している。魔法を吸収し、さまざまな属性を手にしているのだ。


 黒い暴力が魔人に迫り来る。ギリギリのところで彼女は踏みとどまろうと必死だ。


「ぬううううう! こ、これが……これが……パワーーーーーぁああああああーーー!?」


 必死に翼を振るい、付近を舞う残骸を掴み、ヤマタノオロチのような竜巻から逃げおおせようとした。


 しかし最後の抵抗虚しく、その後は一瞬で引っ張られるかのように黒い怪物に飲まれていった。


 一瞬だが、レムス達はいくつかの竜の頭が、同時に彼女に食らいついたように見えた。それは錯覚だったのか、または真実だったのかは分からない。


 確実なことは、モンスターの如き竜巻は勢いよく獲物を飲み込み、その体を滅茶苦茶に切り裂いたということだ。気がつけば、コピーモンスター達も消え去っていた。


 どんな攻撃も効かなかった銀色の体が、あっさりと崩壊して消滅するその姿を、レムスのカメラは捉え続けている。


 かつて誰も目にしたことがない黒き災厄は、魔人が使用した魔法など可愛く思えるほどに、池袋ダンジョン周辺を破壊した。


 ダンジョンは既に原型を留めておらず、巨大な穴が空いていた。さらにはその周囲一帯を、灰だらけの世界へと変えつつある。


:え、えええ

:マジ怖い

:魔人が粉々じゃん

:完全敗北

:死んだわ

:うひええええええ

:これどうなっちゃうの

:あの竜巻っていうかモンスター? は無理ゲーすぎる

:こいつが新たな厄災か

:あ?

:もっと危険な状況になった気がするんだけど

:怖すぎ

:日本の危機だろこれ!

:ん?

:おお

:消えてきた?

:なんだなんだ

:あ、ちょっとずつ消えてる

:おお!

:終わった?


 魔人が破壊されてから数秒後。黒竜のごときトルネードが動きを止め、霧のように霧散した。


 すると、竜の顔のように見えた地点に人が浮かんでいる。赤く長い剣を持った少女がいた。


 あっという間に付近は静かになり、その少女——琴葉はふわりと少し先にあったビルに着地する。呆然とした顔で周囲をキョロキョロ見回していた。


:姫さまーーーーーーーーー!

:きたーーーー!

:姫ええええええ

:っていうか、あの竜巻から出てきたってことは……

:え? え? どうなってんの?

:分からないけど、とりあえず無事で良かった

:えええええええええ

:なんか混乱してる自分がいる

:姫さま、どう言うことですの?

:何が起こってるの?

:姫さまが倒した?


「な、な、何これー!? あ、レムちゃーん!」


 レムスはまどかと丈一郎を担いだまま、琴葉のいる崩壊しかけているビルへと飛来した。


「姫サマ、オ帰リナサイマセ」

「姫っちだったんだ……お、お疲れ」

「……マジかよ」


 ボロボロになった二人と、埃だらけになったマシーンを見て、少女はさらに驚愕してしまう。


「み、皆さん! 何があったんですか!? っていうか、あの魔人さんは!? どこに行ったんですか?」

「え、え? 姫っち?」


 まどかは目が点になり、丈一郎は絶句したままだ。レムスはふむ、とうなづいて思考を巡らせている。


「ドウヤラ、オ気ヅキニナラレテイナイゴ様子。魔人ハ消滅シマシタ。姫サマノ手ニヨッテ」

「え? あたしが?」

「ちょ、ちょっと待って姫っち。凄いことになってたよさっき! 覚えてないの?」

「はい。……覚えてないです。その、あの後なんですけどー」


 琴葉は戸惑いながらも、みんなと別れた後、ダンジョンで何をしていたかを説明してみた。


 池袋ダンジョン内でモンスターの集団を相手にしていた時、もっと早く倒せないかと考えていたところ、魔法剣を使ってみることを試みたのだとか。


 初歩的な風魔法を剣に宿らせ、とりあえず何回か回転したら周囲が見えなくなってきて、いつの間にか体が浮かんでいた。


「レムちゃんとした格闘ゲームで、すっごい大きなモヒカンのおじさんがくるくる回ってたんです。あれを真似できないかなーって。そしたらちょっと、よく分かんなくなっちゃって」


 それから少しして、もうそろそろ大丈夫かと思い魔法を解除してみたら、空に浮かんでいたらしい。


:はあああああああ!?

:姫さま、意味が分かりません!

:初歩的な風魔法……アレが!?

:破壊神かよ

:姫さまが怖い

:ああ、○ンギエフの真似ね……って、ええ!?

:ひいいいいいい

:っていうか、ちゃんと戦わずに勝ってたってこと!?

:おおおおおおおお

:もうカオス過ぎぃ!

:草を超えて大森林だわ

:丈一郎が愕然としてるw

:姉さーん、しっかり!

:魔法ヤバすぎでしょ!

:姫さまーーーーー

:さすがは姫さま

:魔人は相手にならなかった、というか認識もされてないうちに倒されたと

:信じられんほどの楽勝っぷりw


「ま……マぁーーーージかよぉ!? 姫っちの魔法、遠目から見て竜みたいだったよ」

「へ? そうなんですか。でも、本当にあたしが倒したんでしょうかー?」

「間違イアリマセン」

「そ、そうなんだ。っていうか魔人さん、こんなに酷いことをしてたなんて……」


 見れば池袋ダンジョン付近は、まるで灰色の荒野と化していた。あまりの被害に琴葉は悲しんでいたが、相棒のマシーンは淡々としている。


「コノ辺リハ、姫サマガヤリマシタ」

「うう……うん。そうだよね、本当に酷い……え? レ、レムちゃん、今なんて……?」

「姫サマガ破壊シテオリマス」

「え……ええーーーー!? 嘘でしょ!?」


 あまりの衝撃に、琴葉は頭を抱えて叫んだ。


「お、おいおい! 今気がついたのかよ」

「姫っち、大丈夫大丈夫! ここは避難終わってるタイミングだったみたいだし、元々モンスターの被害を想定して作ってたからさ。ほら、あっちのほうは魔人がやったから! まあ、全然姫っちのほうが壊してるけど」


 励まそうとしながらも、まどかは何故かだんだんとおかしくなり、つい笑ってしまう。


「え、ええええええ! そ、そんな。な、ななな」

「姫サマ、落チ着イテ下サイ。良イ報告モゴザイマス」

「どんなお知らせなの!?」

「配信ガ大成功デス。同接ガ二百万ヲ超エテイマス」

「に、二百万!? あ、ああああーーーー!?」


 二つのショックで、琴葉は既に頭がパンク状態だ。レムスは彼女の反応が意外だったようで、またも慌てている。


:草

:まあーショックでかいよねw

:ここまで重なると、正気じゃいられなくなりそう

:姫さま、お気を確かに!

:なんだかんだ、魔人から守ったわけだし

:姫さまは救世主で破壊神

:とりあえず無事で良かった

¥50,000:姫さま、お疲れさまでした!

:池袋を守ったのは姫さま一行です!

¥30,000:同接二百万おめでとうございます!

¥50,000:やったね!

:とにかく勝ち!

:後始末が大変なことになりそうだけど、今は考えるのやめようw

:姫は悪くない! ……多分w

:草すぎ

:姫さまーーーーー

:この前の探索も最後こうなってなかったっけw


「いやぁ、まあ……今回責任被るとしたら俺らだろ。嬢ちゃんは大丈夫じゃねえか」

「そーそー! 姫っち、あたし達は悪くない。落ち着こ! あと同接おめ!」

「姫サマガゴ乱心ノ為、配信ヲ終了シマス。アリガトウ、マタネ」

「レムちゃん、レムちゃーん!」

「ヤ、ヤメテクダサイ。アワワワワ!」


:姫さまがご乱心w

:あああああああああ!

:また乱心しちゃったか

:レムちゃん振り回されとるww

:終わりかー

¥5,000:お疲れー

:ありがとう、またね!

:またね!

:姫さまの配信最高に好き

¥40,000:池袋を破壊……じゃなくて救った姫に敬礼!

:終わってみれば全部楽勝でしたね

:ありがとう!

¥50,000:次の配信待ってますー

¥50,000:姫さま、お納めください

:間違いなく姫さまが最強(最凶)

:マタネ

:姫さまーーー

¥50,000:姫さま、みんなありがとーーーー!

:草すぎい

:はい、いつものエンディングです

¥20,000:姫さまはこうでなくては!

:またね!

:バイバーイ


 視聴者達は最後の最後で笑い、池袋配信はなんとか終了した。


 リアルタイムで魔人との激闘を映しきった配信は、Utube史上最大の反響をもたらすことになるのだった。

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