第45話 デカすぎ魔剣と秘密の空間

「ウグ……ギャアア!」


 魔人が生み出した不気味なモンスターの叫びが、薄暗い通路内で響き渡った。最後の一体を切り伏せたレムスは、即座に奥に設置されていた魔道具を解体にかかる。


 ものの数秒で機能停止をさせた後、急いでコロシアムフロアに戻ったところ、すぐに琴葉が駆けつけてきた。珠理亜の意識を落とした直後のこと。


「レムちゃん! 大丈夫だった!?」

「損傷ハアリマセン」

「良かったー! あの魔人さんにやられちゃったかと思ったよ」


 琴葉は瞳に涙を溜めて無事を喜んだ。だが、相棒はまだ警戒状態のままだ。


:レムちゃーん!

:どこ行ってたんや

:無事っぽいけど、日本刀がけっこう傷んでる

:激闘の後って感じ

:モンスターに襲われてた?

:もしかして魔人とやり合ってたの?

:中断してから展開が謎だらけっすわ

:みんな疲れてる

:ニュース見てみ! 騒ぎ広がってる

:怖い怖い怖い

:あいつにみんな利用されてたってこと?

:魔人を追っかけたほうが良くない?

:他の探索者がやっつけてくれるんじゃね?


「シカシ、オ気ヅキカト思イマスガ問題ガ」

「あいつっしょ? いやー、マジキツいわぁ」


 まどかは既に魔力を大きく消耗しており、万が一の時に備えていたマジックポーションをがぶ飲みしている。多少の魔力は回復できるものの、万全とは到底いかない。


 ネットで調べてみると、どうやら魔人はあの姿のまま、外へと飛び出してしまったようだ。モンスターであればダンジョン瘴気がない外に出れば死滅してしまうが、魔人は人間であるため死なない。


「厄介よねえ。っていうか、ランキングトップクラスはみんなダンジョン潜ってるか海外行ってるタイミングだし、あいつ完全に狙ってたよね」

「最初から、このつもりだったんですか。なんか怖いです。っていうか、追いかけないと!」

「待って、おかしくない?」


 まどかは不穏な気配を感じ取り、下の階へと繋がる通路へと視線を移した。レムスがみんなを護衛するように最前に立っている。


「限定報酬解放ト、魔人ノ力ニヨリ瘴気ガ増大シテイマス。深層モンスター達ガコチラヘト登ッテ来ルヨウデス」

「えええ!?」

「やっばいじゃん。あいつ追いかけないとだけど、自分達も追いかけられるのはキツいわ。それに」


 今は珠理亜と鉄男が気絶したままだ。放置しておくわけには行かないので、運んで行くという話になるが、そうなると追いかけられるのはかなり厳しい。


 レムスが再びマオウ刀を抜いた。どうやら敵が迫っているのを検知しているようだ。そして数秒後——、


「うおおおおおーーーーー! ……って、おお?」


 なぜか丈一郎が戻ってきた。


「きゃあ!? あ、お兄さん」

「お前かよ!?」

「お? ……俺、なんでここにいんだ?」


 どうやら一度は気絶したらしく、洗脳が解けているようだ。まどかが淡々と説明すると、ようやく事象を飲み込んだ男は悔しさに顔を歪ませる。


「ちくしょー! ハメやがったのかよ。悪いな、襲っちまってよ」

「軽いな! まあとにかくそれは後回しだわ」

「あ、あはは。大丈夫です。それより、モンスターが登ってくるみたいで」


 一向は悩んでいた。場合によっては大きな損害を被りかねない状況だが、急がなければならない。琴葉は「うーん」と悩む姿を見せたが、すぐにポン! と手を叩いた。


「そうだ! じゃあレムちゃん。みんなを運んで外に行って。下から来るモンスターは、あたしが止める」

「承知シマシタ」

「え!? ちょ、ちょっと姫っち。本当に大丈夫なの? 深層どころか、深淵モンスターまで来るかもしれないよ」

「あ、ですね。素手だと、ちょっと時間かかっちゃうかもですね」

「そーじゃないんだけど……」


:やっぱなんかズレてるw

:姫、殺されるとか思ってないの?

:深淵モンスまで来ちゃうのはヤバいと思うんだが

:もしかして深淵も潜ってる?

:まさか

:いやいやいや

:呑気だなー

:草

:姉さんとのギャップが半端ない

:一人で相手するのは無理じゃない?

:いけないわ!

:この状況はハード過ぎるな


「うーん……あ! じゃあレムちゃん! アレちょうだい!」


 すると、少女は何かを思い出し、相棒にサインを出した。既に通路の奥から、誰でも察しがつくほど不気味な空気が漂い始めている。


「ハイ」


 レムスは金色に光る細い布を手渡した。先日獲得したエッチな水着である。


「そうそう! これこれ! この水着を今から着て——って違う! レムちゃん、アレ! ほら、こういうやつ!」

「ア、アレデスカ」

「ん? なんだなんだ。何する気なの姫っち」


 琴葉はレムスに背を向けると、小さな肩ごしに何かを差し出すようジェスチャーする。


 それを察した相棒は明らかに動揺した反応を見せるものの、すぐに従うことにした。少しだけ浮遊状態になり、お腹付近から奇妙な青い光が発せられている。


 その光は、徐々に避けるように広がり、中から一本の赤い剣と思われるグリップ部分が姿を現した。


「な……何それ!?」

「おお?」


 まどかと丈一郎は、一人と一体がしている行動に目を見張る。琴葉はジェスチャーが通じて嬉しかったのか、鼻歌でも口ずさみそうな笑顔で、淡々と剣を引き抜いていく。


 しかし、その剣が引き抜かれていくにつれ、チャット欄が大騒ぎになっていった。


:長いいいいいいいいいい!?

:え?

:いやいや、何メートルあるのそれ?

:うわああああああ

:普通に十メートル以上ありそう

:こんなの振れる人いるの……そうか姫は振れるのか

:姫さま、どこでそんな武器を

:っていうか、レムちゃん何してんの?

:意味がわからな過ぎぃ!

:ヤバいヤバい

:レムちゃんの体にしまわれてたってこと?

:収納していたってことも、何気に驚き

:まさか、レムちゃんこれって

:もしかして、いろんな物をしまってるのか

:えええええええええ

:今日一の衝撃が来たかも!

:どうなってんの?


 混乱しているのは視聴者だけではなかった。まどかと丈一郎も愕然としている。


「ちょ、ちょっと待って。その武器もだけど、どうやって収納してたの?」

「姫サマヨリオ借リシテイル、異空間魔法デス」

「あ、そうなんです。宝箱も、こうやって別の空間に預けてもらって、帰った時に取り出してるんですよ。すっごい便利ですよね」


 しれっと説明されたが、二人はさらに驚きを深めていた。


「お、おいおいおい! それってつまりよぉ!」

「……収納魔法? 姫っち……それ……」


:嘘でしょ

:え? 異空間に収納して、ダンジョン帰ってから取り出してるってこと?

:あ、ああああああ!

:姫さまから借りてる?

:世紀の大発見

:うおおおお!?

:しれっと前代未聞なスキル持ってるやんけ

:これは衝撃的過ぎる

:だから宝箱を沢山持ち帰れたのか!

:どうして今までバレなかったんだ?

:姫さまが力を貸してるの? レムちゃんに?

:えええええええええ

:事件だわ

:それもそうだが、武器もヤバすぎる

:なんか色々危険な武器を隠し持ってる気が

:剣、まだ抜けきってないぞ!?

:ひええええ!

:あ、やっと剣が抜けた

:カッケーーーー!

:姫さまは既に国家レベルの戦力を持ってるかも

:ぎゃーーーー

:武器すげえええええ

:もうワケ分からん!


 チャット欄とまどか達が呆然とする中、琴葉はようやくどう見ても長すぎる大剣を抜き切った。大騒ぎのヒメノンチャンネルの同接は、なんと八十万に到達している。


「あ、そろそろモンスターが来ます! レムちゃん、みんなと外に行って。あたしは足止めしてから行くから」

「承知シマシタ」

「よ、よっし! とにかく今は全部後にしよ。丈一郎! 行ける?」

「あ、ああ……」


 あまりの驚きに、狂人で知られる男ですらぼうっとしているようだった。ドローンも起動させ、ひとまずはダンジョンを抜けることを優先する。


「姫っち、また後でね! 絶対来てね!」

「はーい」


 本来であれば、女子高生一人を残していくなど考えられないことだ。だが、まどかも丈一郎も、既に琴葉が普通の女子だとは思えなくなっていた。むしろ、自分達よりもずっと凄まじい何かであると肌で感じている。


 レムスがまどかからカメラを受け取り、今も気絶している珠理亜と鉄男を担いだ。まどかと丈一郎は走ってダンジョンを駆け上がることにした。


 琴葉は、常識では到底考えられないほど長く赤い剣を、いともたやすくブンブンと振りながら、モンスター達が登ってくるのを待っていた。


 そしてとうとう奴らはやって来る。凶暴な唸り声と共に、集団となって獲物がいるであろうフロアまで駆け登ってきた。

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