第44話 優しくしようと思います
まずい、と心の中で珠理亜はたじろいでいた。
ゴーレムのような仲間はいなくなっていて、三対二という有利な状況にいたが、今は丈一郎が離脱してしまった。
彼女のようなヒーラータイプは、守ってもらう存在がいなければ苦しい。まして相手はあの怪物とも言える存在だ。
まどかが鉄男と奮戦する中、珠理亜は杖を構えたまま動けずにいた。
「あの! お兄さんには痛いことしちゃったみたいですけど、珠理亜さんには優しくしようと思います」
「な、何いきなり宣言しちゃってるわけ!? ちょっと待ってよ! 止まって!」
「え?」
あと少しで間合いに入るところだったが、琴葉は言われるがまま足を止めてしまった。チャンスとばかりに、珠理亜は杖を向け、殺意に満ちた眼差しを向ける。
「今度こそ消えちゃえ!」
杖からは先ほどまでとは比べ物にならないほどのデスが生み出され、少女めがけて飛び進んでいった。まるで亡霊が触手のような動きと姿になり、囲むように迫り来る。
「ひゃああ! ホラー映画みたい!」
ビビる琴葉ではあったが、なぜか避ける仕草は見せていない。あっという間に闇の触手達が、彼女を包み込み——、
「………は……?」
——パチンと弾け飛んでしまった。珠理亜は何が起こったのか理解できず、ただ固まっている。
:えええええええ!?
:ちょ、姫さま防いでもいなかったやん
:姉さん視点だけど、けっこう分かりやすく弾けてるわw
:無敵すぎる
:耐性が強すぎて、デスが爆散してる?
:こりゃ珠理亜じゃ絶対無理だ
:お仕置きの時間ですよ
:探索者殺しの超危険魔法が通用しないだと
:姫のほうが怖いーーーーー!
:楽勝すぎるw
:勝ち申した!
:さあ、分からせましょう
:勝利しかない
:そういえば、魔人が出たってニュースになってる
:このダンジョンから魔人出てきたらしいよね
:姫、頑張ってー
チャット欄では騒ぎまくっているが、カメラはまどかの肩に固定されたままなので、琴葉は気がついていなかった。それとは別に、魔人の目撃情報も少しずつ拡散され始めている。
「さっきのよく分かんなかったんですけど、失礼します」
「ちょ、ちょっと待って! きゃああ! こないで!」
正気に戻すべく動き出した相手に、珠理亜は背中を向けて逃げ出した。あまりにも分かりやすい逃走に、琴葉はまたも戸惑ってしまう。
「待ってください! 優しくします、優しくしますー」
「死ぬ! 絶対死ぬううううう! 鉄男! 鉄男ーーーー!」
珠理亜が泣きながら絶叫するも、呼ばれた本人もまたそれどころではなかった。何発も爆発魔法フレアを防ぎつつも、その巨体を空中に浮かばされている最中だったのだ。
「待っていてください! 私はこの魔法を凌いだ後、あなたをお救いに上がります!」
「舐めんなよこのデカブツが! あたしはまだ、本気のフレアを放ってねえのよ!」
「なんだって?」
鉄男は何層にも重ねた魔法の盾を召喚し、まどかの眼前に突き出している。これで得意の魔法を封じた後、確実に仕留めるつもりであった。
事実、彼女が得意とするフレアも封じたと思っていたのだが。
まどかは自らの魔力を解放し、全身に真っ赤なオーラを激らせていく。詠唱を口ずさむその姿は、先ほどまでとは雰囲気が異なっている。
「ま、まずい——」
盾役として長く活躍する男は、探索者ランキング七位まで上り詰めた女を、どこかで甘くみていた。これ以上魔力にしろ魔法の威力にしろ、伸び代はないだろうと高を括っていた。
しかし、まどかはドラゴン・ストーカーに敗れて以来、見えないところで魔力を高める努力を欠かさなかった。想像を超える魔力を前にして、事前に止めるべく鉄男は走り出した。
一方同じフロア内では、もう一つの戦いに決着がつこうとしている。珠理亜はあっさりと琴葉に捕まっていた。
「待って。ねえお願い、待って」
「大丈夫です。今の珠理亜さんはおかしくなってるんですよ。だから今、楽にしてあげますね」
「わ、分かった! 分かったよ。でもその前に一つだけ、約束して……こう君には手を出さないって」
「あの、さっきから気になってたんですけど、こう君って?」
「ほら、今の探索者ランキングで一位になってるあの人のこと。実はね、ウチ……こう君と幼馴染なの」
「え?」
珠理亜の頬を涙が伝っていき、琴葉は呆気に取られてしまう。さらには幼馴染というワードを実生活で聞くのも新鮮であった。好きな少女漫画にもそういう存在はよくいたものだった。
「実はね、ウチが探索者になろうと思ったのは、疎遠になっちゃったこう君と、また一緒になりたかったからなんだ。とても仲が良かったんだよ。でも……」
「うぉらあああああ! 円丈ーーーーフレアぁあああーーーー!」
ドカーンという爆音がするなか、その反対側ではしんみりとしたムードが漂う。視聴者達は時折画面に映る琴葉達が気になるものの、まどかが激しく動くせいでよく分からなかった。
「こう君は探索者になってから、ちょっとずつ会わなくなっちゃって。今じゃ全然会えないの。高校生になったばかりの頃とか、よくウチに夢を語ってくれたのに」
「そ、そうなんですね」
「ばばば馬鹿なぁああ!? この私のシールドが、シールドがーーーーー!?」
「でも、ウチも彼を追って探索者になって、とうとう十位近くまで登ってこれたの。だから、後少しでこう君と並べる。きっとまた一緒にいれるって、そう信じてるの」
「そんなにこう君っていう人のこと、好きなんですね。素敵です」
「オラオラオラー! こういうのが好きなんだろぉ!? ありがたく喰らえよドM野郎ーーーー!」
「でも、ウチよりきっと、こう君はアンタのことを気にしてる」
「え? なんでですか!?」
「うおぁああああ! ありがたき幸せぇええええ!」
「あーもう! さっきからうるさい馬鹿!」
:珠理亜の怒号が聞こえるww
:草
:緊迫してる空気のはずだったんだが
:姫さまが翻弄されてる
:ってか、この戦いって魔人の影響ってマジ?
:なんの話してるんかな?
:会話の内容気になるんだけど、姉さんがうるさすぎて分からん
:鉄男がぶっ飛んでるww
:炎上フレアスペシャル回
:姫さまがこの中で一番静かにしてるな
:魔人のこと、だんだんニュースになってきてるぞ!
:姫さまは慈悲深い
:姫ーー! もうサクッとやっちゃって!
「と、とにかくヒメノン! 仲直りの握手しよ。もう絶対喧嘩しないって約束するから、ね? 握手」
「え? はい」
訳も分からず握手をする琴葉だったが、ここで先ほどまで泣いていた珠理亜が笑う。これを待っていたとばかりに。
「かかった!」
直後、握った手から黒い怨念が噴き出し、琴葉の腕から頭にまでデスが進んでいく。遠間なら耐性で防げるかもしれないが、ゼロ距離なら決められるはず。全ては作戦だった。
「きゃ!? な、なんですか」
突然笑ったかと思うと、今度は思いきり睨んでくる相手に、彼女はまたも驚いてしまう。その頭には【10】という数字が浮かんだ。
「今度こそ、終わり!」
勝ちを確信した珠理亜が左手を敵の頭上へと向ける。彼女だけが使える、呪いのカウントを瞬時に進めてしまうスキルである。
今度こそ倒せる、そう信じた珠理亜の瞳には、【10】のカウントがはっきりと映っている。
しかし、一気にカウントを終わらせてやろうと左手を動かそうとした時、カウントが進まないまま、数字が煙のように消え去ってしまった。
「うぉらーーーーーー! トドメの円丈ーーーーーーーフレアーーーーーーー!」
「ぐはぁああああーーーー!」
琴葉と珠理亜はお互いに何が起こったのか理解できずにいたが、爆音をきっかけにして我に帰った。
「あり得ない……なんで!? なんで消えちゃうの!?」
「よく分かんないんですけど、とにかく! 今正気に戻しますね」
「あ、ちょ、ちょっと待——」
右手を握られているので、今度こそ逃げることはできない。珠理亜の意識は、真っ黒な世界へと瞬時に送られていった。
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