第43話 反撃開始!

 時は少しだけ遡る。

 魔人が珠理亜達を呼び寄せ、とあるテレビ映像を見せた時のこと。


 そのテレビには何も映っていない。ずっと砂嵐が流れているだけだった。しかし、三人は最初こそ訝しげな目でその砂嵐を見つめていたが、徐々に無表情に変わっていった。


 この時、テレビそのものには何も仕掛けがなかった。実はテレビの上に置かれた魔人の指先から怪しい光が漏れ出て、三人の心を麻痺させていたのだ。


「ほらほら、見えますよねえ。これは馬鹿には見えない映像ですよ。ヒメノンは魔人、殺人事件を陰で起こした最悪の存在、絶対に排除しなくてはいけない、人類の敵です」

「魔人……排除……」


 珠理亜がぼんやりと呟き、他の二人がゆっくりと頷いた。情報の刷り込みに成功した魔人は、そのまましばらくしてから洗脳魔法を解き、何事もなかったかのように解散していた。


 彼女にとって洗脳魔法はここ一番の切り札であった。そして、使うべきタイミングも既に大方決めていたのである。


 ◇


 話は現在に戻る。あってはならない探索者同士の戦いは、誰も止められないほどにヒートアップしていた。


「オラー! オラオラオラ!」

「おいバカ男! こっち来んなって!」


 琴葉に軽くかわされた丈一郎が、勢いそのままにまどかに襲いかかろうとしていた時、金髪の魔人はゲージの側に降り立っていた。


「うふふふふ。とうとうご対面ですよぉ」


 一瞬だが、フロア全体に赤黒い何かが充満した。それは溜まり続けていたダンジョン瘴気そのものであり、この変化にフロア内にいた全ての人間が足を止めた。


「そこの人達はね、私の魔法にかかったんですよ。私の言うことを信じちゃう、そして聞かないといけない気がしちゃう……とーっても悪い魔法に」

「はあ!? って、てか……アンタ、マジで魔人なの?」

「ええー!?」


 まだ混乱状態の琴葉とまどかを横目に、金髪の魔人は淡々と歩みを進める。ゲージの最下層にあった小さな扉が開かれると、そこには巨大な金色の宝箱が隠されていた。


「わああ! 素敵」

「姫っち! 感動してる場合じゃないってば! 待てコラーーーー腐れ金髪巨乳不審者ぁ!」


 叫んだ後に早口で詠唱を終え、まどかはファイアボールを魔人へと投げつけた。しかし、当たる直前というタイミングで立ちはだかった鉄男に盾で防がれてしまう。


 気がつけば丈一郎と珠理亜もまた、ぼうっとした顔のままで魔人の前に立っている。誰に言われるでもなく壁になっていた。


「あっはっはっは! チョロいチョロい! 自分は騙されないって思う人間ほど、この手の魔法にかかりやすいんですよ。さぁて、ご対面です」


 金髪の魔人が宝箱に手をかけ、ゆっくりと開いていく。すると中から現れたのは、幾つもの羽を描いたような黒い何かであった。


 彼女はそれを両手で慈しむように持ち、頭上に掲げてみせた。途端に赤黒い光が発せられ、フロア内を縦横無尽に駆け回っていった。


「うおおおお!? な、なんなのこれ?! どうしたってーの!?」

「まどかさん! なんか、あの人が変になってます」

「え? うわ、キモ!」


 金髪の魔人は、その細い体を黒い光に巻かれ始めていた。まるで蛇が締め上げるかのように、邪悪な光に締め付けられている。だが苦しみはない。そこには喜びだけがあった。


「あはははは! とうとう手に入れた! 古代の者が必死に手にしようと足掻いた怨念の結晶。私はいよいよ変わる。何よりも気高い、何よりも美しい存在に」


 変化は実に数秒で終わった。あっという間過ぎてまどかもまた呆けてしまう。光が収まった後、そこにいたのは奇妙な何かであった。


 静かに振り返った魔人は、肌の色が銀色に変わり、背中から黒い翼が生えている。二翼のそれは怪しい美しさと危険な香りを振りまいているようでもあった。


「て、天使さんですか!?」

「あははは! ええ、天使というより堕天使ですけどねえ。これが神が封印した異次元の力。私が大昔から欲していた本物のパワーっ! ……てやつです」


 言うなり黒翼の魔人は右手を振り上げ、フロアの天井に黒い光線を発した。爆音と共に大穴が空き、いとも簡単に天使は羽ばたき、その場を去ろうとする。


「じゃあ、私はこれから仕事がありますので」

「え? ちょ、ちょっと待ってください!」

「姫っち! こいつらがくる!」


 魔人が去ろうというタイミングと、洗脳された珠理亜達が襲いかかるのはほぼ同時であった。滅茶苦茶に振り回される魔法剣、確実に急所を狙ってくる突き、消されてもまた生まれては襲いかかる怨念。琴葉はどうしていいのか分からずにいた。


 そしてまだ、レムスもこの場にいない。相棒のことも心配だし、この場を出ていった魔人も放っておけない。襲いかかる珠理亜達にも困惑していた。


「ああーー! もう、面倒臭えなぁああ!」

「きゃ!? まどかさん?」


 叫びながら、探索及び人生の大先輩がファイアボールをコロシアム中心に炸裂させた。


 すぐに回避した珠理亜達が体勢を立て直そうとした隙を逃さず、まどかはこちらへと駆けてくる。


「姫っち! まずはこの三人をなんとかするよ。洗脳魔法っていうのは噂程度だけど、気絶させれば解除できるって話があるの。だから、こいつらを落としちゃおう! まずはそれを実行、OK!?」

「は、はい!」


 大声でまどかに方針を伝えられ、琴葉はようやく考えがまとまった。その時——、


:繋がった?

:どうした

:ん?

:え

:あれ、え?

:なんで探索者同士で戦ってんの?

:ええええええ

:こりゃ事件だわ

:姫さまが襲われてる!?

:ちょおおお

:こいつらの目、なんか変な色に光ってるぞ?

:ええええええええええ

:正気か?

:なんでなんで!?

:はあ?


「あ! 通信通ったわ!」


 まどかは肩部分に設置したレムスのカメラと、ゴーグルのチャットが動き出したことに気がついた。見えないところで戦っているレムスが、通信を妨害する魔道具を破壊したのだが、二人はまだ知らない。


「いよっしゃー! 姫っち、これで正当防衛だわ!」

「あ、ですね。じゃあ、行きまーす」

「反撃じゃあああああー!」


 気合の入った叫びと共に、剣を構えたまどかと、普段とあまり変わらなくなった琴葉が駆け出した。


「ぬおおおりゃああああ!」


 真っ先に切り掛かってきたのは丈一郎だ。琴葉は刃をかわしながら、どう気絶させるかを考える。


(そういえば、よく漫画とかドラマとかで首筋をチョップしてたけど……ああいう感じ?)


「ち、畜生がああ! オラオラオラオラオラ」


 ますます勢いづいて剣を振り回そうとする丈一郎の背後に、まるでワープしたかのように回り込む。そのまま琴葉は、よくテレビで見た首筋チョップを試みた。


「えい」

「あああああーーーー!?」


 できる限り優しく試してみたところ、壁に丈一郎の姿そのままの大穴が出来上がってしまった。彼の叫び声が遠くなっていき、気絶というよりも行方不明となった。


「あ!? お、お兄さんが、飛んでいっちゃったー!?」


:草

:あああああああ

:丈一郎ーーーーー

:いい奴だったな…いや違ったわ

:すごく優しいチョップの仕方だったw

:姫さま、どうなさるおつもりだったのです?

:まあいいや、丈一郎だし

:多分生きてるよあいつ

:姫さまの優しい手刀は、全然優しくなかった

:あの狂人を一撃って……

:手加減してるのにこうなるのか

:ひいいいい

:ワンヒットワンキル

:草ぁ!

:残りの二人にもチョップお願いします

:正当防衛ですよ

:対人戦でも強すぎ!

:いけー

:やっちゃってください!


「オッケー姫っち! それでバッチリだわ。あたしはこいつをやる!」


 まどかは鉄男から逃げ回りながら隙を窺っていた。丈一郎がやられた時、鉄男の動きが止まったところを見逃さず、一気に勝負を決めるべく前に出た。

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