第40話 最後のステージとファイアボール

 決着は近い。

 琴葉達一向はついにRTAバトル最後のステージである、深層へと足を踏み入れた。


「いよっしゃー! 姫っち、このまま突っ走るよ」

「はーい」


 まどかは先ほどのトラップで大きく時間をロスしてしまい、挽回すべくスピードを落とさず攻略することを決めた。レムスは後方を追従しながら、周囲を警戒している。


「ここは一本道なのよ。ずぅっと向こうに丸くて開けたフロアがあって、そこがゴールってわけ。意外と長いしモンスター出まくりになるから、気をつけてね」

「そ、そうなんですか。分かりました!」


 長い長い一本道を越えた先に、今回のゴールがある。また、ゴール地点には四つの入り口が存在し、反対側にも長い一本道がある。そちらからは珠理亜達が進行しているはずであった。


 二人のやり取りの最中にも、チャット欄は賑わっている。競争はいい感じに五分の状態に戻っており、それぞれのチャンネルで応援コメントが飛び交っていた。


 そしてこの熱気高まる状況をさらに盛り上げてくるのが、立ちはだかるモンスターの存在だ。


「前方ヨリ、モンスターノ大群アリ」

「あ、ホントだー!」

「いっちょやったるかぁ!」


 先頭に出た先輩配信者は、後輩の前で詠唱を始めた。その間にも、レッドコモドドラゴンや六本腕の骸骨騎士、ブリザードガルーダ、地中を泳ぐ殺人鮫といった強力な敵が近づいてくる。


 詠唱を終えたまどかは、片手にこれでもかとばかりに大きな火球を出現させ、そのままぶん投げた。


「ファイアーーーーーー!」


:おおお!?

:姉さーーーん!

:姉さん48の得意魔法のひとつ

:ファイアボールって一般的な感じなのに、なんかカッコよく感じる

:姉さんの火球やばい!

:やっぱ凄えよ!

:デカいいいい

:↑48も魔法覚えてるわけないだろw

:きた!

:燃えたあああああ


 明らかに他の探索者が放つファイアボールより巨大な火の暴力が、モンスター達を蹴散らしていく。しかし一撃必殺とはならず、弱ったところを剣で仕留めていった。


(魔力減ってきたなぁ。さすがにまだ円丈フレアは撃てないし、ちょっとだけまずいかも)


 だが、心の中では魔力が目減りしていることに焦りを感じていた。もしかしたら珠理亜達が妨害をしてくる可能性もある。もしもの時のために、多少は魔力を温存しておかなくてはならない。


 豪快さとは裏腹に思考を巡らせながら走っていると、隣にいる琴葉が何かもじもじとしていた。


「あのー……まどかさん。あたしも魔法使ってみてもいいでしょうか?」

「え? ああー! そっか、そうだったわ! 魔法教えるって話してたよね!」


 後輩の一言で、ふと先輩配信者は思い出した。スタジオで雑談配信をした時、魔法を教えると約束していた。


 しかしあの後、計測ちゃんを変わり果てた巨体にしてしまった魔力の持ち主である。一体どうなってしまうのかという新たな不安も生まれてくる。


「レムちゃんもいい? ここは誰も周りに誰もいないみたいだよ」

「確カニ、近クニ人ハイマセンガ……」


 ゴーレムに似た機械が、普段とは違い歯切れの悪い返事をしている。しかし、考えようによってはこれはチャンスだと、魔法においても先輩であるまどかは答えを出した。


「いよっしゃー! ちょうどいい感じに向こうから敵さんが来てるわ。じゃあ姫っち。まずはぶっ放してみてよ」

「ありがとうございます! じゃあファイアボール投げてみます」

「オッケー!」


 気がつくと少し遠くからモンスターの集団が見えた。先ほど倒した種族とほぼ同じかと思いきや、ビッグ猪に跨る黒ボスゴブリンや、細長い体で飛び回るローブだけのモンスターも混ざっている。


 琴葉はすぐに右掌を上げた。腕は真っ直ぐに伸びている。先ほど先輩がしてみせたのは、ドッジボール投げのようなポーズだったが、こちらはなんとなく素人っぽい。


(あちゃー……なんか失敗しそうだわ)


 まどかは少しだけ微笑ましい気持ちになりつつ、自分がフォローしなくてはと対策を巡らせる。後ろにいるレムスにも手伝ってもらう必要があるだろう。


 しかし、状況は想定とは大きく異なっていく。詠唱を終えるまでに、どれだけ時間がかかるのだろうと思っていた矢先、唐突に巨大なファイアボールが出現した。


「姫っち。詠唱は……え?」


 まどかの目が点になった。本来なら発生するはずの詠唱タイムラグがない。いきなり魔法が出現しているのだ。しかも、火球はどんどん大きさを増し、周囲から感じられる魔力もまた膨張している。


「もうちょっと大きくしないと、厳しいかも!」

「え、ちょ、ちょっと待って。ちょ」


 隣を走りながら、まだまだ未熟なはずの後輩が、あっという間に自分よりも巨大なファイアボールを作り出している。さらに火の暴力は成長を続け、周囲にはすでに破滅的なほどの魔力が溢れ出した。


 視聴者達ですら呆然として、チャット欄は数秒ほど止まっている。


「す、ストップ! ストップーーーーーーーーーーーー!」

「え!? あ、はーい」


 猛烈なまでの死の予感に襲われ、まどかは急いで止めに入ってしまった。すると、ようやく事情を察した人々がチャット欄で唸りを上げる。


:はあああああ!?

:え、えーと

:どうなってるんこれ?

:なんじゃこりゃあああああああ!

:デカい、デカすぎる

:ってか、姉さんがビビりまくってるじゃんw

:ええええええええ

:こんな巨大なファイアボール初めて見たんだが

:ってか、詠唱はいつしたの?

:姉さんのファイアボールも普通よりずっとデカいのに、姫はその何倍もある

:即死級のファイアボールを成長させ続ける姫

:しかも普通のファイアボールと色が全然違う。多分触れた瞬間にモンスター溶けるんじゃね?

:姫さま、危険すぎます

:しかもほんの数秒しかやってない

:姫さまの魔力は、これでもまだ僅かしか使ってない?

:詠唱してない気がしたんだけど? 詠唱しなきゃ使えないはずだよね

:こりゃレムちゃんが止めるのも分かる

:もしかして、もしかしてだけど……瞬時に魔法撃てたりします?

:姉さんの足が止まってるww


「あの……ダメでした?」


 琴葉が気まずそうな顔でファイアボールを消すと、まどかはほっと胸を撫で下ろした。


「いや全然! でも、ちょっとあたしのほうが混乱しちゃったわー、アハハ……。ってか、向こうさんのほうがビビってるね」

「え?」


 視線の先にいるモンスター達は、途中まで猛然とこちらに向かってきていたが、巨大なファイアボールを目にして足を止め、ざわざわとしている。


「モンスター達カラ動揺ヲ検知。徐々ニ恐怖ガ膨ランデマス」

「え? 怖がってるの?」

「そりゃ、そーなるわ……」


 モンスター達は何より魔力に敏感であり、途方もなく大きな力を前にして、接近することができなくなっていた。


「ま、まあー良い感じだったよ! 超筋いいじゃん姫っち。と、とりあえず後、後で話そ! 今はRTA中だからさ!」

「あ、良かったんですね! ありがとうございます!」


 大先輩から良い感じだったと言われ、後輩は嬉しくなった。魔法についてはまた教えてもらうとして、今はRTA勝負の最中である。


「じゃあ行きまー、」

「ギャアアアアアアアア!?」


 しかし、琴葉がもう一度駆け出した時、モンスター達は震え上がって来た道を走り出した。つまり全員が逃走を始めた。


「え……? レ、レムちゃん! みんな逃げちゃったよ!?」

「姫サマニ、恐レヲナシタヨウデス」

「やるじゃん姫っち! このままゴールまで行っちゃおうぜい!」

「え、あ、はーい」


 混乱しつつも、とにかく琴葉はまどかと一緒にゴール地点まで走ることにした。すると、レムスが先ほど気づいた朗報を主人に告げるべく、隣に並んできた。


「姫サマ、オ喜ビ下サイ。新記録デス」

「え? 何がー?」

「同接ガ五十万ヲ超エマシタ。大幅ナ増加デス」

「ふーん。そうなんだ。五十……え……ご、ご、五十ーーー!?」

「すっげえなおい! 姫っち、めちゃくちゃ上がってるじゃん!」


 レムスの報告に泡を吹きそうになる琴葉と、信じられない上がりっぷりにビビるまどか。


 二人と一体は最後まで大騒ぎしながら、ゴールへと突き進んでいいった。


 ◇


 琴葉チームがゴールへと進んでいく中、珠理亜達も同じくてRTA最終ステージを駆けていた。


 ここまで三人は不安定な連携で攻略を進めており、半ば強引な突破を続けたせいもあり、誰もが消耗を余儀なくされている。


 視聴者の目から見ても、三人から疲労が見て取れる状況であった。


「ぬおおおおお! ぜってえ勝つ。お前ら遅れるなぁ!」

「だ、だからアンタが仕切るなってば」

「二人とも、待ってくれええええ……」


 相変わらず突っ走る丈一郎。乗り物を失い、息を切らしながら必死で走る珠理亜と鉄男の図は、しばらく続いた光景でもある。


 だが、今回の最終面において、一つ大きな変化が起ころうとしていた。その変化にまず気づいたのは、珠理亜と鉄男だ。


「ちょ、ちょっと待って。なんかいない?」

「丈一郎君! 一旦止まってくれ」

「あー!? なんもいねえぞ。……ん?」


 丈一郎もまた遅れて何かに気がついた。一本道の通路の先で、何かが起こっている。


「こ、これって!」


 珠理亜は驚きに全身を震わせた。かつて感じたことのないほど巨大な魔力が、一瞬ではあるが肌に突き刺さった。魔力はモンスターにもあり、三人は予感せずにはいられなかった。


 あまりにも強大な魔力を持つボスモンスターが、この先にいるのではないかと。そして数秒の後、何かが蠢いているのを感じた。


「おうおうおう! 面白くなって来たじゃねえかああああ!」

「バカ! 勝手に——」


 言いかけて珠理亜は足を止めた。蠢く何かは、よく見ればモンスターの集団だ。巨大な猪に乗るゴブリン、地中を泳ぐ鮫、冷気を操るガルーダ、赤く巨大になったコモドドラゴン。


 それらのモンスター達が、狂ったようにこちらへと疾走してくる。


:うわあああああああ!?

:珠理ちゃん逃げて!

:丈一郎が事故ってるぅううう!

:逃げて

:やばいやばいやばい

:どうなってんだこれ

:鉄男! 死んでもいいから守れ

:ぎゃああああ

:マジでやばくね?

:死んじゃうってこれ

:交通事故どころじゃないぞ


「うおおおおおおお!?」

「きゃあああああああ!?」

「あ、なんというご褒——」


 三人はモンスター集団に飲まれ、まるでビリヤードボールのように弾き飛ばされてしまう。


 壊滅状態となった珠理亜達ではあったが、怯えたモンスター集団は三人にトドメを刺すことはせず、ただひたすらに逃げ去っていった。



ーーーーーーーーーーーー

【作者より】

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

ちょっぴり息切れしてきましたが、なんとかこのバトルが終わるまでは

書いていけると思いますー( ;∀;)

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良かったら癒しをお願いいたします。


いつもありがとうございます!

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