第39話 ループ型のトラップ

 ダンジョン探索は、深い層に行けば行くほど、どうしても攻略速度が遅くなってしまう。


 これは誰もが知っている常識であり、トップクラスの強さや知識を持つランカー達でさえ変わらない事実だ。しかし、今回の配信においてはその常識が覆る現象が発生していた。


「行きまーす!」

「ちょお!? ひ、姫っち! 待って待って!」


 最初はガンガン飛ばして先導していたはずのまどかだったが、今は着いていくのが精一杯だ。


 さらにはダンジョン内に、モンスター達の悲鳴がこだましている。琴葉が手にした斧を軽快に振り回し、触れるものを即座に葬りまくっていたからだ。


 最初は戦意に溢れていたブラックリザードマン、ブラッドウルフ、ゾンビ魔術師といった面々が、琴葉に見つかった途端に消されていくシーンが続いていた。


:ぎえええええええ

:姫さまがひたすらに無双してる

:え? ここ下層だよね?

:血や肉が飛んでるから切られてるのが分かるけど

:全然見えないんだが

:これもう◯ェイソンだろ

:超スピードで迫り来る○ェイソン

:姫さま、やり過ぎです

:持ってるのが斧ってだけで怖い

:普段の打撃オンリーだったほうがまだマシだったわけか

:地獄すぎるww

:姉さん息切れしてないか?

:あのスタミナSSの姉さんが!?

:姫さまーーーー! どうか手加減を

:ヤバすぎるだろw


 視聴者はこの光景に驚きが止まらない。本来であれば攻略が苦しくなってくるはずのフロアが、上層の時と変わらないどころか加速している気がした。


 この映像は多くの人々の目に止まっており、実は同接は三十五万を超えるほどになっている。華奢でまだあどけない少女が、下層という一般人には到底太刀打ちできない階層で楽に攻略を進めている。


 呆気に取られていたまどかは、彼女の尋常ではない動きに驚くと共に、自らのスタミナが切れてきたことも信じられなかった。しかしそんな二人と一体のスピーディー過ぎる探索ですら、足を止める事態が起こっていた。


「姫サマ、コノ階層ニハ仕掛ケガアリマス」

「え? 普通の通路に見えるけど。何があるの?」

「こ……これはキッツイのが出ちゃったわ……ループ系じゃん」

「あれ? まどかさん、大丈夫ですか」


 ゼエゼエ、と肩で息をしているまどかを見て、琴葉はきょとんとしている。ごく普通の表情と手に持っているボロボロで血濡れた斧のギャップが凄まじいが、まどかはそこには触れないことにした。


「へ、平気。それよりついてないわー。ここってランダムで、面倒臭いトラップが出るようになってんのよ。分かれ道だらけになってて、道間違えたら最初に戻っちゃうっていう」

「え!? それってすっごく難しい仕掛けじゃないですか」

「ま、まあ大丈夫っしょ。あたしに任しておきな! おっし! もう平気、もう余裕。姫っち、あたしについてきな!」

「はい!」


 やっぱりまどかさんって頼りになる! とキラキラした瞳で琴葉は思った。レムスは何か言いたげな動きをしたが、とりあえず様子見を決めたようである。


 幸いにしてこうした大掛かりなトラップが発生する場所は、なぜかモンスターが出現しないことが多い。戦闘を繰り返して疲弊するということはなさそうだった。


「いよっしゃー!」


 気合と共に、元気になったまどかは再び走り出した。すぐに三つの分かれ道が出現したが、彼女は瞬時に正解を予測して飛び込む。


「ここは右!」


 しかし次の瞬間、二人と一体は最初の階段付近に戻っていた。


「えええ! こんなに急に戻っちゃうんですね」

「オッケーオッケーそういうもん! 次よ次!」

「は、はいー」


 気を取り直してもう一度駆け出す二人と、着いていく一体。今度は先ほどとは異なるL字型の分かれ道だ。


「え? さっきと違う」

「今度は真っ直ぐじゃい!」

「はーい」


 そして、また入り口に戻った。


「何これー? すっごい厄介です」

「アノ、ココハ」

「大丈夫大丈夫! 暗記ゲーだからこれ! まだまだぁ」


 レムスが何か言いかけるも、まどかは止められない止まらない。


「ここはさっき見たわ、左!」

「違ったみたいですね」

「まだまだ! この通路は真ん中で行くわ」

「あ! 当たったみたいです!」

「おおーし! じゃあ今度のL字は右」

「あれえ? なんで戻っちゃったんでしょうか」

「さっきのL字とはちょい違うやつか! とにかく暗記していくよ」

「は、はいー!」


 一見同じ通路に見えても、実は違っていた。細かな違いが壁や地面に存在しているが、まどかも琴葉もそこまで気づいていなかった。


「はい! はい! 今度は右、おっし左、じゃあ次は真ん中、そしてここで右ぃー!」

「あ! これは来ましたね」


 だがハズレであった。トラップがある最初の地点に戻っている。


「ええー!? なんでよおおお!?」


 まどかの叫びが虚しくダンジョン内に響き渡る。


「あー分かった分かった! つまりこっちが左、よし! で次こそ右だったわけ。左、左、右、右、真ん中、右、最後に真ん中ーー! 勝ち申したぁああああ!」

「やったー!」


 しかしハズレであった。


「ええええええ!? なあんでよおおおおお!?」


:ワロタ

:姉さん発狂

:姫さまがこんがらがってる

:判断が弱い

:コントかよw

:記憶ゲーなわけねこれ

:姫さまの頭が?マークでいっぱい

:姉さーんww

:大幅にロスったなこれ

:めっちゃ難しいじゃんここ

:そういえばここで脱落する人多いんだってな

:このトラップ引いちゃったのは痛いなぁ


「さっきの分かれ道は真ん中だったじゃん。何が違ったわけ? 説明しろよこのアホダンジョン!」

「やっぱりメモを取ったほうがいいです。えーと、確かこうなってて」

「アノ……覚エマシタノデ、私ガイキマショウカ」

「え? レムちゃんが?」


 すすっと前に出てきたレムスに、琴葉はぱあっと顔を明るくさせる。


「そっかー! レムちゃん暗記得意だもんね」

「ハイ」

「な、なんかここに来て存在感出てきたわねレムちゃん! いよっしゃー! 飛ばしちゃって」

「承知シマシタ」


 レムスの背中にあるスラスターが稼働し、飛行することで速度が大幅にアップした。そのまま無言で最短距離を飛び、分かれ道をひたすらに進む。


「わ! なんか、全然ループしないね!」

「覚エマシタノデ」


 琴葉には全く同じ分かれ道にしか見えない箇所も、レムスは違いを把握していたらしく、かつてないほどミスが起こらずスイスイと攻略は進む。


 それから六回ほど分かれ道を進み、L字型通路を直進したところで、地下へと続く階段がぼんやりと遠くに姿を現した。


「クリアシマシタ。ダンジョン濃度カラ推測スルニ、次カラハ深層トナリマス」

「やったー! レムちゃん、さっすが!」

「おおおおお! マジ凄いわ。今度こそ勝った! ありがとう、ホントありがとう!」


 とうとう辿り着いた地下への階段。ずっと見守っていた視聴者たちもまた歓喜した。


:やっったああああああああ

:きたあああああああ

:うおおおおおおお

:おめでとー!

:とうとうやったぜ

:長かった、長かったよ泣

:いうて、まだこの先あるんだけどなw

:なんだろ、このエンディング感

:嬉しい!

:きたーーーーーー

:もうこれで終了でもいい気がする笑

:おめー

:おめでとおおおおお

:もうちょっとでゴール!

:なんかもうクリアしてる感あるけど、ラスト頑張れー


 とうとう二人と一体は、RTAバトルのゴール直前である深層へと足を踏み入れた。

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