第38話 崩れ始める三人

「はあ!? ウチらが大差で負けてる?」


 三人が下層に到達した時のこと。たまたま目にしたチャット内容で、既に琴葉達が大きく先行しているという事実を知ったのだ。


 慌ててUtubeで別窓を開いて配信を確認すると、確かに琴葉達は下層で二階層以上先に進んでいた。


 これは予想と違っている。相手の状況など、確認する必要すらないと考えていたのに。先ほどまでの余裕が崩れ始め、彼女は目に見えて焦りが浮かんでいた。


「そんなはずない。下層まで来たらペースは絶対落ちるはず。なのに……」


 池袋ダンジョンの下層は短くはない。六階層あり、モンスター達は強敵揃いだ。どう足掻いたところで、通常の攻略速度に戻ってしまう探索者がほとんど。


 丈一郎のペースが落ちていないことを考えれば、既にこちらが大差をつけて勝っている、とさえ考えていたのに。


 しかも三人は今、とあるモンスターの妨害によって足を止めてしまっていた。天井に張り付いたワーム型のモンスター、サンダーワームに手こずっている。


「ちっくしょうが! こいつ剣が届かねえぞ」


 丈一郎の遥か頭上にいる大型モンスターは、剣で攻撃するには遠い。下手に接近し過ぎると丸呑みにされる恐れもある。


「何やってんの! とっとと倒しなって」

「できればやってらあ! おい鉄男、お前俺を投げ飛ばせよ。……鉄男! 聞いてんのか?」

「あ、あああ……」


 鉄男はいつの間にか地面に突っ伏していた。どうやら長時間馬車を引っ張りながら走ったことと、同時にモンスターも相手していたことが続き、体が限界をむかえたようだ。舌打ちをしつつも、珠理亜は今日何度目かのヒールを彼に使用した。


 彼女は思いのほか消耗してきた魔力量を気にしていた。回復させる為のマジックポーションも用意してきたが、このペースで使っていたら保たなくなる可能性が高い。


「はああ! 快感が込み上げてくる。ありがとうございます、ありがとうございます」

「うっさい! いいからアイツを手伝ってきて」

「はいご主人様」


 恍惚とした表情で、鉄男がその場を離れて加勢したその時だった。


「え? な——」


 背後から何かが馬車に衝突してきた。薄暗い視界はほぼ闇に染まり、振り向いた珠理亜の瞳には、醜い大口が映っている。


「きゃあああ!?」


 それは馬車の屋根にかぶりつき、丸呑みにしようと進んできた。突然のことでパニックになるも、彼女は必死に馬車から逃げ出す。小さな体が馬車から飛び出した直後、モンスターは硬い屋根から先端まで、全てを飲み込んでしまった。


 そこにいたのは、もう一匹のサンダーワームだった。ひっそりと隠れて、虎視眈々と奇襲のチャンスを窺っていたのだ。


:うわ

:え

:ちょ、ちょっとちょっと

:危なかった

:ああああああああ

:怖えよおおおおおおお

:これは流石にやばくねえか

:挟まれてんじゃん!

:珠理亜ちゃんが危なかった!

:これが下層の怖さや

:今回ちょっとまずくないか?

:ホラー感やばい

:馬車グッシャグシャじゃん


「珠理亜氏ぃ!? 丈一郎君。今はそっちに行けない! なんとかしてくれ」


 察知が遅れてしまった鉄男は、焦りつつも彼女の前に出た。


「ああ!? なんだコラ。あーったく! どうしようもねえな!」


 その場にへたり込んでいた珠理亜は、屈辱に顔を歪める。沸々と湧き上がる怒りは、先ほどまで保っていた冷静さを失うのに充分であった。


「っカつく……マジムカつく」


 サンダーワームは示し合わせたかのように、二匹同時にサンダーボールと呼ばれる玉を吐き出した。触れればただでは済まない、猛烈な電力の塊である。


「ふむ。これは喰らうべきではないね」


 いつもはなすがままに受けている鉄男だったが、この時ばかりは防御に出た。短く詠唱した後、持っている大楯を前に突き出す。


 すると、大盾と同じ形をした魔法の盾が、幾つも前に出現した。サンダーボールは最前列にある盾に弾かれ、そのまま消滅する。


「死になさい……」


 珠理亜がサンダーワームを睨みつけながら、呪いの言葉を吐き出した。すると、彼女の全身から黒と赤の入り混じったオーラが出現し、ただならぬ威圧感が場を支配する。


 黄色いワーム型の怪物は、ふと行動を止めた。自らの全身に何かが起こっている。ワームの頭上に数字の【10】が浮かび、9、8とカウントダウンを開始した。


 自らに取り憑いた何かに、モンスターは恐怖で絶叫した。


「死ね」


 珠理亜が囁きながら右手を伸ばし、何度か小刻みに動かす。すると、一定間隔で減少していたはずの数字が一気に0まで進んでしまった。


 モンスターは断末魔の悲鳴をあげて地面に落下し、全身が黒く変色して消滅していく。最後の最後までもがき苦しんでいるのが、視聴者達の目にもはっきりと分かった。


 反対側にいたサンダーワームもまた、彼女の呪詛魔法が仕留めている。この一連の行動に、視聴者達はそれぞれ抱いた気持ちを、怯えとともにチャットに打ち込んだ。


:き、切れたあああああ

:珠理亜さまブチ切れ状態

:怖い怖い怖い怖い怖い

:ひいいいい

:カウントダウンの呪詛魔法が使える探索者って、もしかして珠理亜だけ?

:怒ってる珠理ちゃんもいいね

:珠理亜ちゃんは癒しも呪いも思いのまま

:ああああああああ

:モンスターのほうが可哀想に見えるくらいエグい

:ホント呪ってる感すげえよな

:普通の耐性じゃ防げないくらい強いらしい

:やばいーーーー

:珠理ちゃん、落ち着いて

:これは本気だわ

:珠理ちゃんカワイイ

:怖い怖い怖い怖い怖い

:カウントダウンを強制的に進められるってヤバすぎじゃね?

:こわカワイイ

:鉄男がビビってるww

:いやあああああ

:魔力大丈夫なんか

:さすがは珠理ちゃんや

:ひいーーーーーーー


「おおお! やるじゃねえかよ珠理亜! 即死魔法ってやつだな」

「いやー。恐ろしく刺激的で、セクシーな魔法ですねご主人様」

「いつウチがてめーのご主人になったんだよボケ」

「ひい!」


 怯えた様子になりながらも、鉄男は喜びを感じずにはいられなかった。珠理亜は怒りのあまり使ってしまった魔力が、取り返しのつかない失敗になる可能性に苛立っている。


「元気になったじゃねえか! その意気で頼むぜえ。よーし再開だ!」


 対する丈一郎は、そんなパーティメンバーの変化もさして気に留めず、またしても突き進んでいた。


「アイツのせい。こうなったのも全部、アイツのせい」


 冷静さを失いつつある女は、ある一人の探索者への逆恨みを膨張させた。その相手はまどかではない。


 神居を笑顔にさせた琴葉への、嫉妬にあふれた憎しみであった。

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