第37話 珠理亜達の不安

 琴葉達が正面入り口から攻略を開始した時、珠理亜達も同様にスタートしていた。


 しかし、こちらの様子は正面入り口サイドとは違った意味で混沌としている。


「しゃああああああ!」

「ちょっと丈一郎! 飛ばし過ぎ!」

「待ってくれー二人とも」


 あらかた想定はしていたが、丈一郎の猛烈な駆け出しは尋常ではなかった。まどかも俊足ではあったが、彼の全速力には及ばない。


:すげーーーー

:珠理亜ちゃんが引いてる

:あっという間に見えなくなったな

:珠理珠理頑張れー

:走ってる珠理亜ちゃんかわいい

:丈一郎はどうでもいいけど、珠理亜ちゃんは無事に終わってほしいわ

:鉄男が空気すぎて草


 しかしこれはチームでの競い合いのため、大きく二人を置いておく状況はやはりよろしくなかった。


 正門と同じように最初はゴブリン達の群れがお出迎えしてくるが、丈一郎が片っ端から二本の剣で屠りにかかる。


「いやはや、彼のスピードは流石だねえ」

「呑気なこと言ってる場合? 全然連携取れないんだけど!」


 必死に追いかける珠理亜は、勝手に突き進む丈一郎にも、のほほんとしている鉄男にもイラついていた。普段所属しているパーティでは、このように好き勝手に動く者はいない。


「オラオラオラオラオラ!」


 凶戦士と呼ばれた男が振るう剣は、まるで暴風の如くゴブリンやリザードンに襲いかかった。当然の如くモンスターは一匹残らず倒され、嵐が過ぎ去った後を珠理亜達が走っているような状況である。


「ちょっと! ペースとか考えなって」

「ああん? RTAだろーが! 気にしていたら負けんぞ!」


 必死に呼び止めようとした珠理亜の声も、丈一郎は一蹴した。チッと配信にも聞こえる舌打ちで、彼女は怒りを紛らわす。


 そして、懐に隠していた魔道具のカプセルを取り出し、前方に放り投げた。一瞬の光と共に、それは豪華絢爛な金枠の馬車へと変貌した。


「おお! これは優雅な馬車だねえ。でも、馬がいないよ」

「馬ならいるでしょ。ほら、引っ張ってよ」


 馬車に乗り込み足を組んだ彼女は、さながら女王様のようであった。しかし、馬役を命じられた鉄男は戸惑うどころか、すぐさま鞍を自分に付けて引っ張り出した。


「あ、ありがたき幸せ」

「ほんとキショい。とっとと走って」


 この光景に戸惑いを隠せないのは視聴者達である。


:あまりにも自然な流れで草

:人間が引っ張れるように鞍改良してんな

:鉄男専用

:M過ぎて悲しくなってくるな

:襲われたらどうすんのそれ

:草

:鉄男、ちょっとは抵抗しろ

:鉄男にはご褒美なのか

:珠理の女王感がやばい

:キショいと思うなら使うなよww

:女王様珠理ちゃんもいい

:RTAなのにそれで勝てるの?

:やばい絵面だわ

:珠理亜ちゃんは何をしても絵になるわ

:草


 琴葉達とはあまりにも違う空気感で、裏口側の配信は淡々と続く。


 珠理亜は普段はチャットを拾ったりはしないのだが、負けるのではないかという内容だけは目についた。


「ふん。あっちも最初から飛ばしてんでしょ。でもどうせ後でバテるし、それに……正面入り口にはめんどいトラップがあるから大丈夫。ウチらは温存しながら進むから問題ないの」

「お、温存、してるのかなーこれって」


 今のところ消耗を抑えているのは珠理亜一人である。残りの二人は順調に消耗していた。


 ◇


「やってくれんじゃねえかあああ!」


 二十分が経過した頃、三人は地下二階に到達していた。息を切らしながら、丈一郎がミノタウロス三体と奮闘している。


「は? なんでもうバテてんのあいつ」


 馬車で様子を見ていた珠理亜が、意外な凶戦士の消耗に眉をひそめた。


「ま、まああれだよね。いくらなんでも今日の彼は張り切り過ぎてるというか、なんというか」


 同じく疲れが見える鉄男が、彼女の疑問に答えた。たしかに今日の丈一郎は力んでいる。そのせいか、普段なら楽にこなせる場所で疲労してしまったのだ。


「あーもう! ほんっとめんどいんだけど!」


 言いつつ、彼女は腕を組んで瞳を閉じる。少ししてうっすらとした青い光が、先で奮闘する丈一郎を包み込んだ。


「お!? なんだなんだ? 元気出てきたぜ!」

「ったく、組んだ相手のスキルくらい覚えておきなよ」


 実は、珠理亜のパーティでの役割はヒーラーがメインである。傷と共に疲労も回復させる魔法ヒールの使い手であり、だからこそ多少は傲慢な態度を取っていても仲間に困ることはなかった。


 あっという間に元気を取り戻した丈一郎は、瞬く間にミノタウロスを切り捨て、さらに前へと突き進む。


:やっぱバーサーカーだなあいつ

:すっげ、牛が真っ二つにされてる

:得意の魔法剣はまだ使ってないのか

:にしても凶暴なんだよなぁ

:ヒーラーがいるって大事

:姫のほうはいないっぽいしな。まさか姫ってヒーラーじゃないよな?

:姫の魔法ってなんなんだろ

:鉄男がひいひい言ってるww

:俺も珠理珠理にヒールされたい

:こんなにぶつ切りにされてるミノタウロス初めて見たんだがw


「あ、あのー珠理亜さま」

「ん?」

「私めにもヒールしていただけると……」

「アンタはダメ。ほら、急いでよ。それから、アイツが取りこぼしたモンスターが向かってきたら、ちゃんとやっつけてね」

「ご、ご褒美はまだ先か。ふ、ふふふ」


 苦しみつつも喜ぶ鉄男。しかし彼を罵るよりも先に、珠理亜は内心嫌な予感を覚えた。


 回復魔法もまた魔力を消費するもの。想定よりも使うタイミングが早いことは、長期戦において不安材料となる。彼女の苛立ちは、時間が過ぎるほどに募っていった。

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